徹底した取材に基づいた軽快な筆致が持ち味。小学館「本の窓」での連載執筆のため、同社若手社員にヒアリング。丁寧に質問を連ね、真意をくみ取っていく(撮影/東川哲也)
徹底した取材に基づいた軽快な筆致が持ち味。小学館「本の窓」での連載執筆のため、同社若手社員にヒアリング。丁寧に質問を連ね、真意をくみ取っていく(撮影/東川哲也)

 同世代の作家で「会社員小説の名手」と呼ばれる安藤祐介(42)は朱野をこう評する。

「ブラック耐性が強く、自分を追い込む一匹狼の印象があるけれど、意外と組織が好きなのかも。変化を意識し、自分のマネジメントに長けたひと」

『海に降る』で取材した海洋研究開発機構で微生物を研究する鈴木志野(44)は、朱野の親友になった。高知の研究所では唯一の女性で、生後間もない子どもを研究員の夫や親に託し、遠洋の研究に従事した経験がある。鈴木はこう話す。

「ギリギリの時に何を優先するか、彼女の視点に触れると心が整理される。絶対的な答えや善悪を決めない姿に励まされる」

 朱野の作品は、電車の中で読む人が多い。仕事場で付いた厄を落とすように、ため息を自宅に持ち込まぬように、そっと本を開く。タブレットを灯す。仕事で受けた傷は、仕事で頑張る人の話でしか癒されない。わが家に帰る前の、気晴らしのような文章が書けたら。そう考え、朱野は「帰子」という筆名を選んだ。

(文中敬称略)

■あけの・かえるこ
1979年 東京都中野区に生まれる。広告会社勤務の父、専業主婦の母、2歳下の妹、犬の「どんべい」、の「寅次郎」とともに育つ。「寅次郎」は後のデビュー作「マタタビ潔子の猫魂」のモデルに。
 98年 早稲田大学第一文学部入学。第2外国語で中国語を選択した。1、2年次に単位の多くを取得し、3年次、念願の文芸専修へ。就職活動で苦難の日々を送る。
2002年 早稲田大学第一文学部卒業。マーケティングの会社に入社。仕事のかたわら小説執筆を続ける。
 08年 夏、あまりの激務から転職を決意し、2社目が決まらないまま「半年後に退職します」と社長に告げた。その数日後に「リーマン・ショック」が発生。結婚を決めていたパートナーからは「本当に派遣社員になるのか」。友人からは「正社員にしがみついた方がいい」と諭され、仕方なく転職エージェントへ。コンサルタントからは「3カ月でもブランクができたらもう正社員に戻れないと思え。愚の骨頂だ」とたしなめられた。
 09年 2社目の製粉会社内定通知とほぼ同じタイミングで「マタタビ潔子の猫魂」(「ゴボウ潔子の猫魂」を改題)で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、翌年、小説家デビュー。製粉会社を退職。
 12年 『海に降る』(幻冬舎)、『真実への盗聴』(講談社)を刊行。『海に降る』はのちに有村架純主演でWOWOWが連続テレビドラマ化。『真実への~』は文庫化の際に『超聴覚者 七川小春 真実への潜入』に改題。
 13年 『駅物語』(講談社)を刊行。
 15年 『真壁家の相続』(双葉社)を刊行。
 16年 『賢者の石、売ります』(文藝春秋)を刊行。
 18年 『わたし、定時で帰ります。』(新潮社)、『対岸の家事』(講談社)、『会社を綴る人』(双葉社)を刊行。
 19年 『わたし、定時で帰ります。ハイパー』(新潮社)を刊行。TBSテレビドラマ「わたし、定時で帰ります。」(吉高由里子主演)でブレーク。

■加賀直樹
1974年、東京生まれの北海道育ち。元・朝日新聞記者。「AERA」「好書好日」「J:COMマガジン」などの媒体で執筆中。本欄では阿部海太郎、ヨシタケシンスケ、清水ミチコを執筆。

AERA 2020年2月3日号

※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。

暮らしとモノ班 for promotion
「更年期退職」が社会問題に。快適に過ごすためのフェムテックグッズ