かつて大ヒットした映画の影響もあり、モーツァルトの名は「アマデウス」だと思っている人が多いが、実は本人は生前、その名を一度も名乗ったことがない。にもかかわらずこの名が流通してしまったのはなぜなのか。翻訳家でもある著者が、残されている書簡等を渉猟し、綴りなどの緻密な分析に基づいてその謎に迫っていく。
そこから浮き上がってくるのは、幼少時から神童ともてはやされていながら、意外に不遇だったこの天才の人生だ。特に故郷のザルツブルクや同じドイツ語圏のウィーンでは冷遇されていた。忘れがたい栄光は、父レーオポルトに連れられて少年時代に旅した、当時の音楽先進国イタリアでの思い出だった。モーツァルトが「アマデウス」と名乗るわけがない理由が、そこにある。納得せずにはいられない新説。(平山瑞穂)
※週刊朝日 2020年3月20日号
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