「言いたいことの逆を言う」のがアイロニーとされているが、この定義はまったく厳密さを欠いている。英語圏文学専攻で訳業も多い著者が、先行する理論の不備や限界を踏まえてその定義を一新し、痒いところに手を届かせているのが本書だ。
裏切られた「期待」に言及することで、「現実」との違いを浮き彫りにするのがアイロニーと著者は説く。この枠組みを適用すれば、自在に形を変えるアイロニーの構造、その真意がなぜ相手に伝わるのかがもれなく鮮やかに読み解けていく。
シェークスピア、モーム、ピンチョン、サリンジャーなどの作品から豊富な文例を引用してアイロニーの本質を深く掘り下げる本書は、言葉の持つ豊かさと同時に、文学の本質が現状認識の変更を迫るという点にあることにも気づかせてくれる。(平山瑞穂)
※週刊朝日 2020年2月28日号