
好きなものに一途であるためには、他人の目を気にしない強さも必要だが、鈍感では足をすくわれる。自分に嘘をつけない渋川らしい選択だったが、折あしく、同居していた人物が家を解約することになり、住む場所までも失った。現在まで渋川の担当マネジャー、田中和磨(41)は言う。
「じゃあ、うちに来てくださいよ、と。まぁ、歩合になって最初は大変かなと思いまして。でも一緒に住んでいたのは10カ月くらいですかね」
田中の家に転がり込んだ渋川は、ガラス清掃のバイトをしながら、役者の道を歩み続けた。
「まぁ、何ができるかって言ったら、他になにもできないので。商売する気もないし、うん」
淡々と振り返るが、渋川のなかで演じることへの熱が高まっていたのではないか。ちょうどそのころ出演した映画「PASSION」の監督・濱口や、共演した俳優、岡部尚は大変な映画マニアだった。彼らの話を聞き、熱が熱を呼ぶように出会ったのが、過去の名画たちだ。
「二人の話が面白くて。最初は岡部が貸してくれた『青春の蹉跌』にハマりました。今まで感じたことのない熱があった。ショーケンはめちゃくちゃかっこいいし、神代辰巳監督とのシリーズとか、柳町光男監督を追っかけて……。それ以来、いろんな映画を観るようになりました」
この出来事は、「男はつらいよ」シリーズしか熱心に邦画を観てこなかった渋川にとって、演じることへの意識を変えるきっかけにもなった。
「こういうクセのある感じを自分もやってみたいな、とか。昔は何も考えずに、そのままやってましたから。セリフの語尾を勝手に変えたりもしてたけど、今はちゃんと考えます。芝居って正解がないんだけど、すべては台本の中に書かれている気がするんで。まぁ、それで自分の芝居がどう変わったかは分からないですけど」
40歳を超え、俳優生活は20周年を迎えた。すでに主演映画もいくつか経験したが、出演作は大作から自主作品まで幅広い。田中はこう語る。
「普通は台本を読んで決める人がほとんどですけど、KEEくんは人が8割。テレビでも映画でも関係なくて、誰が監督で、誰が出て、誰が何年ぶりに声をかけてくれたとか、人で決めるんです」
渋川はそれにこう付け足す。
「和磨(田中)が台本を読んで、どういう役か教えてくれる。『これをやると多分KEE君にとってこうなるので』みたいな思いを受けてやることもよくあります。信頼関係? まあ、そうだね」