日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介するこの連載。濃厚豚骨醤油一筋22年、一つのラーメンを極めた男が愛する一杯は、料理しか選択肢のなかったフレンチ出身の店主が紡ぎ出す、故郷愛溢れるラーメンだった。
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■「家系はフォルムを似せやすい」 昨今のブームに苦言も
「極楽汁麺 百麺(ぱいめん)」は1995年、世田谷の馬事公苑近くにオープンした。ここを本店とし、中目黒店、中山道店(板橋区)と3店舗を展開している。4本の寸胴を使って炊き続ける濃厚な豚骨スープが人気で、開店から24年経った今も多くのファンが訪れる。
そんな「百麺」だが、社員のリストラや経営難など、紆余曲折の歴史を遂げてきた。
2代目経営者の宮田朋幸さん(49)は、97年にアルバイトとして働き始めた。腕を磨き社員になったが、2002年頃、会社の方針で大規模なリストラが行われ、仲間が何人も退職。黙っていられず反発した宮田さんも退職を余儀なくされる。その後、独立して04年に立ち上げた「誠屋」は順調に売り上げを伸ばしたが、その一方で古巣の「百麺」はかつての勢いがなくなっていた。見かねた宮田さんは「百麺」の経営を引き受けることにし、07年8月から立て直しを始めた。
初代経営者が横浜家系ラーメン好きだったことから、家系にカテゴライズされることもあるが、宮田さん自身にも修行歴はない。純粋な家系ラーメンとは違うため、自ら「家系」とは名乗らない。もちろん、家系を作っているという意識もない。創業時以上にパワーのある濃厚豚骨醤油ラーメンを提供する宮田さんだが、最近の家系ラーメンブームには苦言を呈している。
「一見すると、家系ラーメンはフォルムを似せやすいラーメンです。家系そのものが広がっていくことも悪くない。ただ、美味しくないお店はいずれなくなると思います。その中で『百麺はいいよね』と言ってもらえるように頑張るのみです」(宮田さん)
大手外食チェーンがラーメン事業に参入し、家系ラーメン店も激増している。だが、従来の家系ラーメン店や「百麺」はスープへのこだわりが違うのだ。スープを寸胴で炊き続けることで、濃厚ながらフレッシュな豚骨スープが出来上がる。毎日お店で作る“生炊き”のスープは、日によって若干のブレは発生するものだが、「百麺」はブレ幅のセーフゾーンをしっかりと定めている。「スープの表情が日々変わるのも生炊きの良さ」と宮田さんは言う。
「他のラーメンも作ってみましたが、上手にできない。自分にはこのラーメンしかないと思えたからこそ、どんどん旨くしていきますよ。新しいラーメンでなくても、しっかり作ったものは廃れていくことはないと信じています」(宮田さん)
そんな宮田さんの愛する一杯は、落ちこぼれからフレンチシェフ、そしてラーメン店主になった男の故郷愛が溢れるラーメンだ。
■フレンチに魅せられた“元不良少年”