悩んでいるネガティブ要素が、子どもたちとの関わりで大きなプラスに転じつつあるのを、小林はまだ明確に自覚していない。
「私が体験したことを日本の教育現場にどうしたら落とし込めるかを学んで、教師や親に働きかけるメッセンジャーになりたい。なぜ学校へ行くのか、なぜ校則があるのか、イジメられたらどうしたらいいか? 教師や大人がそれにちゃんと答えられないから生徒が反抗する。生徒はいつも教師を見透かしてる」
現場を学ぶために経験した札幌新陽高校でのインターンでは、臨時担任としてクラスをサポートし、ホームルームや授業を担当したり、よさこい踊りの練習や青空学級、部活の応援、悩み相談など何でもやった。最後の日は「ずっとここにいて」と引き留め、泣いてくれた生徒たちとの絆に感動して号泣した。高校生の頃、教師の視線がつらくて逃げ出したかった小林が、初めて心から学校を好きだ、と感じた瞬間だ。
「話を聞いて救われたって言ってもらうと、すごく自己肯定感が持てるけど、ビリギャルをちゃんと社会に還元できてるのか時々、不安になる。まだ、腹をくくれてない」
元プロサッカー選手の友人で、札幌新陽高校勤務の中原健聡(たけあき)に、この悩みを打ち明けると、「そんなに気になるならこんな仕事やめちまえ」と一喝された。深夜3時まで話は続き、「死んでもやる」「じゃあ腹くくれ」。小林は中原の「俺も怖くて眠れない日もある。みんな一緒や」という言葉に、救われたという。
「彼女の純粋な共感力は凄いから、抱えてる課題に向き合うにはこっちが最大限の本気を出さなあかんと覚悟させられる。その才能が坪田先生に凄いコーチングスキルを発揮させたし、無関心だった俺を真剣な相談相手に変えたし、あなたも今まさに本気になっているでしょ?」(中原)
その言葉、すとんとおなかに落ちた。確かに小林の相手をまるっと信じる壁のなさ、教育の盲点へのピュアな問いかけは、どんな人の警戒網も瞬時に消滅させる。結果、相手からとことん本気なメッセージを引き出して、生きる力として消化してしまう。つまり彼女は凄まじい吸収力を持つ究極の生徒なのだ。
「今は体験談や成功体験でしか話せないから教育理論の支えが欲しくて、大学院に通う決心をした。一生、生徒側にいたい。エラそうな肩書なんかいらない。生徒代表として、子どもたちと学校や親をつなぐメッセージを発信し続けたい」
教師や校則ととことんぶつかった自分を忘れないから、悩みを抱えた生徒たちのヒーローになれる。そんな小林が、巨人化したビリギャルを駆け足で追い越す日はもうすぐだ。
(文中敬称略)