第160回芥川賞を受賞した上田岳弘の『ニムロッド』は、人類の哀しい行く末を予感させる。欲望にしたがってないものを創り出すために、新たな技術を生みだし、システムを広げ、知識を重ね、そしてまた新たな欲望に突き動かされて今ここにないものを開発し続けてきた人類は、これからどうなるのか?
IT会社に勤め、仮想通貨ビットコインの採掘を担当する「僕」。外資系証券会社で働く彼の恋人には、胎児の染色体異常検査を受けて中絶した過去がある。同じ会社の小説家志望の先輩は鬱病を患い、快復した現在は、時おり、「駄目な飛行機コレクション」をメールで送ってくる。主要な登場人物はこの3人のみで、物語の前半は先輩からのメールによって展開していく。
実用化された飛行機の陰で忘れられた「駄目な」飛行機は実在し、やがて、先輩はこれらをモチーフにSF小説を書く。読者は「僕」だけだが、途中から恋人も読みはじめる。この小説が物語の後半の核となり、すべて満たされてしまった「最後の人間」の最後の行動は、読者の現実を静かに揺さぶるだろう。
旧約聖書にある神話(バベルの塔)を基に、仮想通貨や小説内小説も織りまぜて編まれた、実に完成度の高い『ニムロッド』に通底するのは、人類への愛惜だ。次々と登場する最先端の技術やシステムの恩恵を受けつつも、なぜか不快感が漂っている世界をどう見るか。いつの間にか、人類は人類を置き去りにして、とんでもなく高い塔を築いてしまったのかもしれない。
なお、ニムロッドとは、バベルの塔を建てようとした英雄の名前である。
※週刊朝日 2019年3月1日号
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