他にも「昨日も来たけど、やっぱり最後の挨拶がしたくて」と、佐藤さんに感謝の気持ちを伝えるお客さんは少なくなかった。
「あの方は母子家庭で……」「さっきのおじいちゃんは一人暮らし」「最近持病が良くなったのは……」。
手が空いた時に佐藤さんに、親しげに会話をしていたお客さんのことを尋ねると、言葉を選びながら、それぞれの環境や状況を説明してくれた。
困りごと、悩み、相談、そして愚痴……。佐藤さんが話し相手になり、時にはアドバイスを送った人たちがいかに多かったことか。食堂とお客さんの枠を超えた、地域コミュニティーの場所としての役割を果たしてきたことがよくわかった。
◇
そして午後2時。閉店時間が来た。厨房で後片付けを始めた佐藤さんに今の心境を尋ねようとしたら、マリンブルーのダウンジャケットを着た男性が開けっ放しの入り口ドアから顔をのぞかせ、すぐに引っ込めた。
目ざとくそれを見つけた佐藤さんがあとを追い、一緒に戻ってきた。
「『ビッグイシュー』の現役販売員なんです。遠慮しなくていいのにね」
それからも、常連の女性2人連れがやってきた。最後のお客さんは2時25分。やはりなじみの男性客で、「ちりめん山椒」「梅」の二つのおにぎりをかみ締めるように食べていった。
「ありがとうございました」
佐藤さんは意外とサバサバした表情で見送り、「50円おにぎり食堂」は幕を閉じた。
「6年4カ月、長いようで短かったですね。特に新型コロナが蔓延しだしてからは、良いことも悪いことも次から次へと押し寄せるようにやってきて、あっという間だったように思います。これまで支えてくださった人たちには『感謝』の言葉しかありません」
誰もが気になるのは、「50円おにぎり食堂」が再開するのか否か? だ。
「んー……」。少し考えて佐藤さん。
「お客さんからの要望は痛いほどわかるのですが、まだ白紙なんです。しばらく閉店の後始末に追われ、年が明けたら知人の飲食店を手伝う予定です」。
その姿を消しても、「50円おにぎり食堂」で6年4カ月の間に培われた人と人との結びつきは、永遠に残るだろう。
(高鍬真之)
※週刊朝日オリジナル記事