〆切破りについては私も人後に落ちないが、問題児がこんなにもいたとは。左右社編集部編『〆切本2』は昨年好評を博した『〆切本』の第2弾。明治から平成まで〈〆切と堂々と戦ってきた〆切のプロたちの作品〉を集めた血と汗と涙のアンソロジーである。

 端から見れば喜劇だが、本人には悲劇。それが〆切っていうやつで、文豪もまた例外ではない。

〈頭の工合よろしからず、今度はどうしても出来ませんでした〉とうなだれるのは二葉亭四迷。〈頭をよくしてくれるものが/創作さしてくれるものだ。/頭よ早くよくなつてくれ〉と自らを鼓舞するのは武者小路実篤。

 責任転嫁も常套手段だ。〈ペンが一寸も動かなくなったのです〉〈私の頭が否、ペンが変調子を呈している〉とペンに責任をなすりつける夢野久作。〈昨夜より急に発熱し(略)熱が八度になつたので止めました〉とか〈何分小生の胃腸直らずその為痔まで病み出し〉とか、ひたすら病のせいにする芥川龍之介。

 やがて〆切はあらぬ妄想さえ生む。書けずに外を徘徊し〈ひっそりと立っている樹木を眺めて、/「俺は、樹になりたい。」/と、思ったこともある〉(源氏鶏太)。〈それは全く恐ろしい姿をして、私の方にせまってくる。私は顔をあげて、その化物の姿を正視することが出来ない〉(野間宏)

 アイディアの枯渇、集中力の欠如、体調不良、眠気、引っ越し、家族の一大事。〆切の大敵は尽きないが、最大のピンチは刻一刻と時間が迫ってくるのに書くことがないときである。〈私は、いま五枚の随筆を書くのは、非常な苦痛なのである。十日も前から、何を書いたらいいのか考へてゐた。なぜ断らないのか。たのまれたからである〉。さんざん愚痴を垂れたあげくに彼は書く。〈もう、これで五枚になつた〉(太宰治)

 爆笑したいが笑えない。わかりすぎて泣きそうだよ。げに〈本は〆切という険しい壁を乗り越えてきた奇蹟の金字塔なのです〉〈ああ、いまも日本のどこかで〆切が誰かを追いかけている〉。

週刊朝日  2017年11月3日号