母校での教育実習をめぐる一篇は若き日の作家の素顔、そしてチャーミングな一面を伝えてくれる、楽しい文章だ。

「澁澤龍彦が残していた鏡花選集のリスト案をもとにしたシリーズの解説という大役をおおせつかって、悩みながら4巻分、書いたんですね。そのときに『作家ならば小説仕立てにして、書くことができるのではないか』と思ったんです。そこで金沢の地元新聞の企画で書いた掌篇小説『「薬草取」まで』は、『泉鏡花セレクション』の解説を補う意味で入れました」

「『薬草取』まで」の舞台は金沢らしき地のホテルで開かれる夜の披露宴。そこで交わされる「薬草取」と鏡花を巡る会話、結末の鮮やかさ──確かに作品そのものが、鏡花作品への応答になっていて、「作家でなければ書けない」作品だ。

 ブランクがあった山尾さんだが、復帰後は若い世代の作家との交流、人形作家の中川多理さんとのコラボレーションなど活動の幅もひろがっている。休筆のあいだも、山尾作品に魅せられた読者が作家を忘れることはなかったのだ。

「多理さんに出会ったことは本当に嬉しい出来事でした。世の中の作家志望の少年少女たちに『作家になれば、自分の登場人物を一流の人形師に作ってもらう機会があるかもですよ』と言いたいくらい。エッセイ集も出すことができましたし、これからは懸案の小説を完成させたいですね」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2023年5月1-8日合併号