「この演目では省略されることが多いのですが、最後に大岡越前守が登場して裁きを下します。なので、前口上を設けて、物語の全体像や、最後に登場人物が裁かれることなどを事前にお伝えすることにしました。観客のみなさまには大岡越前守の気分で観ていただきたいと思ったからです」
登場人物たちは江戸の混乱期の中で、私利私欲や愛欲にまみれつつも、なんとか生き抜こうとしている。菊之助さんは、過ちを犯したら悔い改めなくてはならないものの、一方では悪にならざるを得なかった心情もあり、物事を多面的に見てほしいと考えている。
「今は世界的に混乱している時期でもあり、この演目の時代である江戸から明治初期にも通ずる部分があると思います。何かを一方的に信じるのではなく、いろんな角度から正しい目で見ることができれば、新三たちの違った側面も見えてきて、お芝居も楽しんでいただけるのではないでしょうか」
歌舞伎座の興行も、コロナ前と同じく昼夜2部制に戻り、改めて舞台に立てる喜びを感じている菊之助さん。
「私もコロナ禍で先行きが見えない中、とても落ち込みました。そんな気持ちを救ってくれたのが、『ファイナルファンタジーX』であり、一緒に歌舞伎化した仲間たちでした。明るい未来に向けて一歩ずつ踏み出したいですし、みなさんに劇場という日常を忘れる場にお越しいただき、エンターテインメントを通して、前向きな気持ちと諦めない姿勢を共有できればと願っています」
(ライター・吉川明子)
※週刊朝日 2023年5月5-12日合併号