この3回戦で事件が起きる。2-0で早稲田リードの九回表、1死三塁。早稲田の打者・野村の遊ゴロで三塁走者の徳武が本塁へ足を高く上げて滑り込み、慶應の捕手・大橋に激しく衝突。タイミングはアウトだったが、大橋のミットとボールが宙を舞い、早稲田の得点に。このプレーをきっかけに両軍がホームベース上でもみ合いになった。「球場は異様な雰囲気だった」と後藤さん。
その裏、三塁の守備についた徳武にミカンやリンゴが投げつけられるなど、場内は騒然となる。当事者である徳武さんはこう語る。
「このまま没収試合になるんじゃないか、というくらいの騒ぎだった。三塁側の前のほうの席に慶應の幼稚舎の子供たちがいて、その子たちに厳しく言われたのはさすがにこたえたね」
しかし、両監督がなだめ事態は収束。慶應の前田祐吉監督は三塁コーチスボックスに立ち、応援席をなだめた。徳武さんは前田氏の行動にいまでも感謝しているという。
「真っ先に出てきて、慶應側を制してくれた。あのときの前田さんの姿に、リーダーたるものこうあるべき、と思いました」
試合は3-0で早稲田が勝利。勝ち点、勝率で早慶が並び、勝負の行方は優勝決定戦へと持ち越された。
11月9日に行われた優勝決定戦。1-0の慶應リードで迎えた九回表、早稲田の攻撃。徳武さんは「いま思えばこれがドラマの始まりだったように思う」と話す。
1死走者なしで、代打・鈴木(悳)が三塁打を放つ。石黒も続き、同点に。そのまま試合は膠着(こうちゃく)状態が続き、延長11回引き分け再試合、早稲田は危機一髪で持ちこたえた。
■伝説の6連戦 騒然とする神宮
1日休養日を挟み、11日の優勝決定戦再試合は延長11回で両チームとも得点できず、またもや再試合に。この試合でも早稲田は首の皮一枚で優勝への望みをつなげていた。
延長十一回裏、無死満塁、慶應の打者は4番・渡海。浅いフライがライトに上がる。
「フライが上がった瞬間、『サヨナラ負けだ……』と思った。伊田は肩がボロボロで、投げられる状態ではなかった。ところが素晴らしい球がキャッチャーに戻ってきた。命がけの送球だったと思うな。このプレーで『この試合を引き分けにして6戦目で絶対に勝てる!』と身体が燃え上がったね」