1993年4月から2016年3月まで23年間、NHK「クローズアップ現代」のキャスターを務めた国谷裕子さん。ときには権力に批判的な意見も臆さずに紹介し、キャスター引退の際には「政権からの圧力があったのではないか」という憶測も飛びかった。

『キャスターという仕事』はその国谷さんが「クロ現」時代の経験をふりかえった本。この種の本は自伝的(自己陶酔的?)な回想に傾きがちだけど、本書は硬派のテレビジャーナリズム論に近い。

 帰国子女で英語は堪能だった半面、日本語に自信がなかった国谷さんが、キャスターにはじめて抜擢されたのは88年。NHK「ニュース・トゥデー」の国際ニュース担当者としてだった。ところが経験と能力不足から、わずか1年で降板。このときの挫折が彼女にリベンジを誓わせた。〈キャスターとして認められたい〉。

 テレビ報道には三つの危うさがある、と彼女はいう。

 第一に「わかりやすさ」を求めるあまり〈事実の豊かさを、そぎ落としてしまう〉危うさ。第二に〈視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう〉危うさ。映像の力は強力だ。9・11の際のワールドトレードセンタービルや3・11の津波の映像を思い出すまでもなく〈テレビの前の視聴者に極めて情緒的で感情的な一体感をもたらす〉。そして今度はメディアが引きずられる。すなわち〈視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう〉という第三の危うさである。

 23年間でもっとも変化した点として彼女は「雇用の変化」をあげている。「クロ現」はその変化に気づくのが遅かった、とも。

年々高まる同調圧力。NHKの空気もここ数年変化して、特定秘密保護法や安保関連法を満足に取り上げられなかった……。抑えた筆致の中ににじむ悔しさ。映像の力が強いからこそ〈キャスターである私には、言葉しかなかった。「言葉の持つ力」を信じることがすべての始まりであり、結論だった〉。口だけ達者なキャスターに聞かせてやりたい言葉である。

週刊朝日 2016年3月17日号