
「敵が来たら身を挺して女子供を守るのが男」
そして、なんとなく「自分も親の年齢くらいで死ぬ」という思いもあった。となると、50歳になったら、あと5年かもしれない。時間がない。やろうと思ってきたこと、思っていること、会いたい人、飯に行きたい人、うだうだせずにやる、会う。夏休みの宿題を追い込まれてやっている感覚に近いのかもしれませんけど、今は完全にそうなっています。
ずっとやらないといけないと思っていた英語も始めた。ジム通いも始めた。そんな中で近々会いに行こうと思っていたベテランさんが亡くなったりもした。やっぱり思ったらすぐにやらないといけない。その思いがどんどん強くなりながら、今に至っています。
この感覚をもっと早く持っておくべきだった。周りの人に「かわいい、かわいい」してもらって、皆さんのおかげでこの歳までなんとかやってきましたけど、もっと能動的に自分を高める努力をして、もっと一期一会を大切にして本気で向き合っていたら、少しは変わっていたのか。そんなことも考えるようになりました。
もちろん人間はいつ死ぬか分かりません。僕が今の考えで何歳までやり続けるのかも分かりません。ただ、一つ思うのは嫁が死んだらもう頑張らない。稼がなくてもいいのかなと。ここにも母親の影響があるんだと思います。
今の時代に照らし合わせるといろいろあるのかもしれませんけど、ものすごく男を立てる人だったんです。魚でも頭の方を食べろ。一番風呂に入れ。やたらと「男やねんから」を言ってました。エラい大事にしてくれるなと思っていたんですけど、ある日言われました。
「なんで私ら女が男を立ててるか分かるか、いざとなったら、いの一番に死ぬのは男やからや。目の前に敵が来たら身を挺して女子供を守るのが男。そこで逃げるような男やったら、立てることなんてしない」
結局立てられているのではなく“いざとなった時要員”やったんやと(笑)。その時のために栄養付けさせてたんかと。立ててくれるけど、それは守る時のため。「デートするにしても、女に金を払わすな」「前からチンピラが来てちょっかい出してきても絶対に彼女を守れ」。そんなことも言ってました。
やっぱり母親の言葉、そこからエッセンスみたいなものが染みついてるんでしょうね。「それをやりきらないといけない」という思いはずっとあります。