一方、「海外旅行をすると、日本が本当に貧しくなっていると実感します」と吐露する長野県の公務員女性(49)はこんな懸念を寄せた。
「私が若い頃は世界を知りたいと思って海外へ出ましたが、今の若者はスマホで何でも分かるから海外へ出る気にならないのではないでしょうか。こぢんまりした若者ばかりになると、日本の競争力はますます弱くなっていく気がします」
確かに海外旅行の需要喚起のカギを握るのは10~20代の若者だ。とはいえ、歴史的な円安や物価高などで経済的余力のない若者の海外旅行のハードルはますます高くなっている。これは「海外修学旅行の見合わせ」という形でも表れているという。自治体によっては公立学校の修学旅行の費用に上限を設けているところもあるからだ。海外に出る日本人の長期留学生も04年の約8万人をピークにコロナ禍で落ち込み、いまだにコロナ禍前の水準を超えられていない。前出の髙橋会長は言う。
「日本の若者の国際教育や国際交流の機会が著しく失われています。こうした状況は将来、日本の国際競争力にも大きく影響するのではないかと強い懸念を持っています。海外修学旅行の費用負担や国際交流体験の促進を積極的に行う自治体も出ていますが、予算の制約もありごく一部に限られています」
筆者も気になって、引き出しの奥にしまってあったパスポートをチェックしたところ、2016年で有効期限が切れていた。実際、社会人になってからは仕事で数回、台湾に行ったきりだ。いまの自分の心情からはかけ離れていて想像もつかないが、これでも1980年代後半~90年代前半の学生時代に海外旅行にはまり、中国やヨーロッパをバックパックで旅行した。当時はどこへ行っても日本人の若者のバックパッカーがいて、情報交換したり、しばし共に旅したりした。
中国では体調を崩したり、盗難に遭いそうになったり、安宿で虫にさされたりとつらい経験もしたが、長距離バスや列車で移動するたび周囲の中国人から質問攻めにあい、お菓子や料理をおすそ分けしてもらい、その都度疲れたが、元気が出た。ヨーロッパではスペインのバルセロナからフランスのパリへ向かう寝台列車で知り合ったパリの大学生と仲良くなり、パリに着いてから毎晩食事を共にし、拙い英語で熱く語り合った。
学生時代の海外旅行経験が今の仕事に直接、役に立っているという実感はない。ただ、何者でもなかった学生時代にからだ一つで海外に出て感じた不安やワクワク感、新鮮な風景、匂い、会話の断片は30年以上が過ぎた今もふとした瞬間に思い出すことがある。あの経験がなければ、いま都内で暮らしていて毎日のように出会う外国人に対する印象や向き合い方は、かなり違うものになっていたようにも思う。
(AERA編集部・渡辺豪)
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