2年前に75歳で永眠した詩人が、みずから晩年に編んだ自選エッセイ集。
冒頭に表題作が置かれる。過ぎゆく時間は感情を消し去るが、自分を包んでいた時間の色合いは、時とともに自身の人生の色として鮮やかによみがえるものだ。
ひたすら風景に会いにゆく、旅をすることが目的であるような旅の記憶が爽快だ。20年余りをかけて、一つの州を残し、レンタカーで北米大陸の全ての州を走った。広大な空と一本道の、無辺の広がりのなかで、微小な自分がどこまでも透きとおってゆく感覚が新しい。
電車で音楽しか聴かなかった著者は、一時期ヘッドホンで落語を聴いていた。一人笑いを避け、繰り返し聴いても飽きず、何度聴いても笑えない5時間の怪談を聴き継いだとか。静かな日々の表情が柔らかく、温かい。
※週刊朝日 2017年2月10日号