十九歳の時、人生で初めて植物状態の方と出会った。まだ医学部の一年生で、何もわかっていない時期だった。夏の暑い時期(八月だったと思う。医学生の夏休みは短い)に、大学病院で実習がはじまった。朝の七時にはロッカーで着慣れないケーシー(白衣の一種)に袖を通して、七時半から病棟看護師のもとで患者の処置を手伝った。

 処置といっても医学生の一年生ができるのはせいぜい身の回りのお世話で、患者の脚を洗ったり、車いすを押して散歩したり、平和なものだった。それでも朝の七時半から夕方五時まで働くと、くたくたになった。看護や介護という仕事は過酷な肉体労働なのだと身をもって知る、そんな日々だった。

 そういった実習が続いたある日、私が所属する五人班は神経内科に配属された。そこでは五人か六人ほどの植物状態の方が座って待っていた。私が担当した男性は六十代くらいの方だったと思う。ベッドの上でどっしりと背骨を立てて座っていた。私は一日の間、ベッド横のパイプ椅子に座って、彼の食事介助をしたり歯を磨いたりした。

 植物状態なので、彼には意思も感情も残っていなかった。言葉も話せず、目線すらあわない。そもそも、ほとんどの時間、瞼は閉じられたままだった。

 それでもスプーンで食事を口に運ぶと、彼は咀嚼して飲みこんだ。そのことに大いに驚いた。隣のベッドで同じように食事介助していたA君が「噛めるんやぁ。あっ、いま飲みこんだ」と目を丸くしていた。

 食事が終わってしばらくすると、呼吸が変わった。あぁ、寝はじめた。そう本能的にわかった。ゆったりと深く長いその呼吸は、寝息で間違いなかった。

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