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死ぬばあ心配して損したわ!

  第17週最大の山場は、1946年12月21日の昭和南海地震。地震から2日が経っても高知との連絡が取れず、のぶは居ても立ってもいられない状態に。そんな彼女に八木(妻夫木聡)が語ったのは、戦地で何度も死線を乗り越えた嵩の壮絶な体験だった。「なんのために生まれてきたのか、その意味すらまだ分からないから」と生きることに執着し続けた嵩の話を聞き、のぶはついに気づく。「(嵩は)うちには、なくてはならん人ながです」と。

  その嵩は84話で「うちで寝てました」とあっけらかんと現れる。実はこのエピソード、嵩のモデルであるやなせたかしさんの実話なのだという。地震で一度は起きたものの、徹夜続きの疲れから再び寝てしまったという呑気さに、東海林編集長は「アホかー!こればあ大災害やちゅうに寝よったやと?」と激怒しながらも安堵を隠せない。

  しかし、感情の嵐があったのは東京で、だった。嵩の無事を知ったのぶが電話口で怒涛の土佐弁でまくし立てた。「何が『寝てたんだ』で!こっちはね、この1週間、眠れちゃあせんがや!たっすいがーの嵩のくせに、どればあ心配したと思っちゅうがで!あんたなんてもう起きんでえい!一生寝よれ!死ぬばあ心配して損したわ!」と一方的に電話を切る姿は、安堵と怒りと照れが入り混じった複雑な感情の表れだった。

  災害で嵩の安否が不明になったとき、のぶは机の上の嵩が描いた『月刊くじら』の表紙を見つめながら鏡に映る自分を見て、アキラの「この表紙の女性、あんたに似てる」という言葉の真意をようやく理解する。嵩がずっと自分を想って絵を描いていたことに気づいた瞬間だった。

  そして迎えた85話――。のぶの感情の爆発を受けて、嵩はのぶの妹の蘭子(河合優実)の「好きな気持ちをなかったことにしないで」という言葉に背中を押され、ついに行動を起こす。編集長に休みをもらい、高知から東京へと向かった嵩。ガード下で子どもたちと過ごすのぶの前に現れ、8年間渡せずにいた赤いハンドバッグを差し出し、「若松のぶさん。僕は朝田のぶの頃から好きでした」と告白する。

  しかし、告白を終えると安堵したように立ち去ろうとする嵩。そんな彼を、のぶは「嵩!待って。たっすいがーはいかん!」と呼び止める。そして「1人になってやっと分かった。嵩はなくてはならん人や」と自らの想いを伝え、駆け寄って力強く抱きしめながら「好きや。嵩の二倍、嵩のこと好き!」と告白。今週のタイトル「あなたの二倍あなたを好き」が、ここで回収されることになる。そしてついに、8年越しの恋が決着した。

  SNSで瞬時に気持ちを伝えられる現代だからこそ、8年間1つのハンドバッグに想いを込める「重厚な沈黙」が新鮮に映る。85話で描かれた、言葉よりも先に心が相手を求める瞬間、そして周囲の人々が2人の愛を育んだ過程は、効率重視の現代コミュニケーションへの静かな反論と言えるのかもしれない。「あんぱん」が描く「言葉にしない愛」は、やがて生まれるアンパンマンの「行動で示す愛」の原点がここにあることを感じさせる。

(澤由美彦)

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