■先輩に教わった「非凡な努力」重ねた営業現場
入社研修を終えると1カ月、先輩について営業に回って仕事のイロハを教わる。そこで30歳過ぎの先輩が言ったのは「まだビールのこともよくわからないだろうが、きみにできることが一つある。それは、努力だ。知識がなくても1日に20軒、250日の全営業日に10年間、得意先を回り続けたら、間違いなく一流の営業マンになる」という言葉だ。これを、先輩は「非凡な努力」と呼んだ。
「能力×努力=成果」で、仮に能力が誰かの半分でも、3倍も4倍も努力すれば「能力×努力」は大きく上回る。創意工夫して取り組めば、成果は大きくなっていく。東京支店の千葉営業所を経て仙台支店へ配属になった間、1日に20軒との教えを、守り続けた。
38歳で、大激戦区の東京・銀座の営業担当課長になった。その3年半前、メーンバンクの住友銀行(現・三井住友銀行)の副頭取だった樋口廣太郎氏が、社長に就任した。樋口氏は古くなりかかったビールを思い切って廃棄し、大胆な新製品を次々に投入。社名も古さを捨てて「アサヒビール」へ改称した。まだ労組幹部のときで、何度も衝突したが、好きなトップ像だった。
樋口氏の最大の功績が、87年3月に発売して爆発的にヒットした「スーパードライ」だ。これを武器に、銀座地域で他社製品を扱っていた飲食店に、アサヒへ切り替えてもらう。自転車で、銀座八丁の路地裏やガード下を巡った。「非凡な努力」とまでは自賛しないが、手応えは忘れない。
2016年3月に持ち株会社の社長となり、一昨年に会長兼取締役会議長に就任。1年前には経団連の副会長となり、「Well−being」という言葉を口にするようになる。辞書に幸福、福利、健康とあるが、物質的な豊かさだけに目を向けるのではなく、もっと心の豊かさ、幸せ感を大切にしよう、と言いたい。
なぜ、いまそんなことを言うかというと、所得が安定して伸びていくことは大切だが、それを確保したなら社会的にも精神面でも満たされるところへ、目を向けなければいけない。経済界にとっても、重要な宿題だ。所得格差、教育格差、医療格差、男女格差など、探してみるとたくさんの格差がある。その拡大を止めることがスタートライン。『源流』からつながる答えだ。(ジャーナリスト・街風隆雄)
※AERA 2023年4月24日号