料理研究家のリュウジさん(撮影/写真映像部・上田泰世)
料理研究家のリュウジさん(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 世界一周旅行に行くことを決め、参加メンバーの人々とポスター貼りのボランティアをしていた10代のリュウジさん。当時、自信があったパスタをみんなに振る舞ったことで、一目置かれたと言います。自身の料理哲学を語りつくした最新刊『孤独の台所』(朝日新聞出版)より、そのエピソードを抜粋してお届けします。

【写真多数】リュウジさんの孤独な横顔

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 メンバーのみんなと仲良くなる過程で武器になったのが、料理です。

「一致団結すると活動が捗(はかど)るから、一緒に食事会をしよう」という機会がありました。

 俺はパスタならある程度得意だったから、「パスタ作りますよ」と手を挙げて、みんなに振る舞ったんです。

 すると反応がめちゃくちゃいい。「おいしい」という感想が次々と出てきたんですよ。

 別の人が料理をする会もあったんですが、だんだん俺が指名されるようになってきて、リュウジのパスタ会企画が何度も持ち上がりました。

 当時自信があったのは、和風ならたらこスパゲッティ、イタリアンならプッタネスカです。

 プッタネスカは「娼婦(しょうふ)風」という意味で、オリーブオイルでニンニクを炒めてアンチョビ、オリーブ、ケイパー、缶詰のトマトを加えたソースにパスタを和えるだけの、比較的簡単でうまい料理です。これは俺の好みだけど、ツナ缶も足していました。

「料理がどんどん楽しくなっちゃう」

 それを食事会で作ったら、みんなから「うまい、このパスタ」という感想が続出。おかわりをしてくれる人もいて、何人前作ってもすぐになくなってしまうんです。

 バンバン作ってバンバン食べてもらうと、さらにメンバーのなかで一目置かれます。「これだけの材料で、こんなにおいしいパスタができるんだ」と。そんなことを言われたら、料理がどんどん楽しくなっちゃうじゃないですか。

 家族以外の人たちに料理を食べてもらう経験をして、ポスター貼りも順調。

 引きこもり生活からの社会復帰は、とても気持ちの良いものでした。

 船旅の費用は最終的に100万円ぐらい値引きされて、残りを母親に出してもらうことになりました。このときも母親は喜んで、「楽しんで世界を見て回ってきなさい」と送り出してくれました。

 でも、船橋での経験があまりにも良すぎたんですね。いざ旅に出てみたら、アイデンティティである料理の腕を振るう時間がないから、どんどんホームシックになってしまいました。

 俺にとって、料理って最高のコミュニケーションツールなんだな。世界一周旅行の船上でそれを実感しました。

(リュウジ・著『孤独の台所』から一部を抜粋)

孤独の台所
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