ベルサイユ賞受賞記念の企画展を託されたのは、30代のキュレーター


2025年4月にスタートした企画展「周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢-」は、37歳のキュレーター、齋藤恵汰さんに託された。東アジアの若手アーティストの作品を中心にした企画展だが、それぞれのアーティストの知名度はまだまだ低く、集客に繋がるかは未知数だ。

齋藤さんは、自身も会社を経営しながら展覧会のキュレーションや批評誌の編集などを行う美術家。「日本の美術界は先物買いが苦手」と考えていたため、日本を含む東アジアの若手アーティストの作品を中心に企画案を持ち込んだ。通常、企画が実現するには1~2年かかるが「最も早く進められる方法」を考え、キュレーターをチーム制にした。熱意をスピードで示した。

撮影:浅野堅一(Kenichi Asano)
周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢- 展示風景
撮影:浅野堅一(Kenichi Asano)
周辺・開発・状況 -現代美術の事情と地勢- 展示風景

実は齋藤さん、美術館でのキュレーションははじめて。そしてこの企画展はベルサイユ賞受賞記念の展示会で、大型連休であるゴールデンウィークを挟んだ形で実施されていた。美術館としては最も稼ぎどきである時期に、若手キュレーターによる若手アーティストの企画展をぶつけるとは、相当なチャレンジだ。プロデューサーの高橋さんは実施に踏み切った理由を、こう語る。

「すべての企画展でチャレンジすることは難しい。でも1回でも無理して若手キュレーターに経験を積ませたら、実績と人間関係を育てることができる。世界の美術館との提携や巡回展、コレクション作品にもいい影響が出て、将来の資産になる」

記事冒頭、下瀬美術館のミラクルの理由を「大人たちの攻めの一手」と表現したが、補足すると、経験十分の大人が攻めたことに価値があったと思われる。吉村さんの「埋もれてはだめ」という考えも、坂氏が提示した水に浮かんだ可動展示室という革新的なアイディアも、プロデューサー高橋さんの若手を巻き込む戦略も、十分な経験があったがゆえに生まれたものだ。また大人には多くの人脈もあるため、多くの人やノウハウを巻き込める力もあるし、そこに若手がチャレンジできる隙間も生まれる。キュレーターの齋藤さんもこう話している。

「私も、それぞれの作家も、キュレーターも、大きなチャレンジをさせてもらった。また今回は、日本ではじめて紹介される東アジアの作家を4名ほど入れて先物買いもできた。このような挑戦をさせてもらった皆さんにはただ感謝でしかない」

心配された集客は、10日で1万人、1か月で2万人、そして2か月で3万人を越えた。私設美術館の企画展としては、十分すぎる成果だ。

中途半端なことをせずに突き抜けたら、予測できないことが次々と起きた


丸井産業では昨今、業績を精緻に予測するためのAIを導入した。BtoBの会社では業界やクライアントの動きが一定レベルで読めるため、精緻な予測が経営には欠かせない。だが、美術館においては予測できないことばかりが起こるという。有名なエンタメ会社や、世界的な人気を誇るアート集団が「ここで何かやりたい」とやってくる。ある宝石メーカーは優良顧客を歓待する場として、下瀬美術館を選んだ。

坂茂氏が提案したレストラン (C)SIMOSE
坂茂氏が提案したレストラン (C)SIMOSE

本業にもいい影響を与えている。「下瀬美術館をつくった会社」という看板ができて、社員の士気もあがり、採用にもいい影響があった。これまでも業績向上のために様々なチャレンジを続けてきたが、まさかその先に美術館があるとは思わなかった。

「建設業界にいると生まれなかった出来事や考えが、次々と生まれている。中途半端なことをせずに突き抜けたのが、結果として良かったのでしょう」

次の「突き抜け方」について、吉村さんはこう考えている。

「当館は、女性オーナーのコレクションをもとに、「女性のための美術館」としての思いを込めて設立いたしました。実際に現在も、多くの女性のお客さまに足を運んでいただいています。今後は、年齢や性別を問わず、より幅広い方々に楽しんでいただける美術館を目指していきたい。普段あまり美術館に足を運ばない方々にも、どうしたら気軽に訪れて楽しんでいただけるか――これからの大きなテーマとして、考えていきたいと思います」

(齋藤麻紀子)

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