北村匠海(写真:Pasya/アフロ)
北村匠海(写真:Pasya/アフロ)

 史実では、やなせたかし夫妻は高知新聞社で出会ったとされる。だが、本作があえて2人を幼なじみとして描くのは、極めて巧みなフィクションの選択だ。この長い共有体験が、彼らが生涯をかけて探求する「愛と勇気」というテーマに、ゆるぎない説得力を与えている。それは、2人の創造的パートナーシップが、単なる偶然ではなく「運命」であったと感じさせるための重要な仕掛けなのだ。

  ここまでののぶは、高知新報で自らの信念を貫き、嵩は、どこか頼りなさを残す存在として描かれてきた。しかし、第73話で2人の関係が変わる。

 それは、のぶと嵩が2日で2000部を売り切った『月刊くじら』の広告費を回収しに質屋に行った際に起こる。店員は「こんなくだらん漫画に金は払えない」と、のぶたちの努力を嘲笑し、支払いを拒否。のぶは「ちゃんと読みもせんと何がわかるがですか」と食い下がる。激しいやりとりの中、のぶは思わず相手にハンドバッグをぶつけてしまう。

困難に立ち向かい関係性を深める2人

 のぶは謝罪しつつも「広告費を払っていただけるまでは帰るわけにはいきません」と毅然とした態度を崩さない。嵩もまた、のぶをかばい、2人で困難に立ち向かう姿を見せる。最終的に主人の羽村(佐古井隆之)から広告費は支払われる。のぶは「『月刊くじら』の悪口を言われて血がのぼった」と自分の未熟さを悔やむ一方、嵩は「僕の漫画、かばってくれてうれしかった」と称える。

 2人は単なる幼なじみから、互いの夢と痛みを分かち合う「伴走者」へと関係性を深めていっているように見えた。この変化は、物語全体のトーンをも変えるほどの大きな転機となるのだろう。

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