今村夏子は寡作で知られる。6年前に三島賞を受賞した『こちらあみ子』が刊行されて以降、世に出た作品は、同作の文庫化のために書かれた1作しかなかった。だから、昨春、地方出版社が創刊した文芸誌に今村の新作が載ると、ファンは喜んだ。芥川賞の候補にもなったその短篇が、今村の2冊目の作品集『あひる』の表題作である。
「あひる」は、知人から頼まれてあひるを飼うことになった家族の変化を描いている。語り部は娘で、彼女は2階で資格試験の勉強をしつつ庭の様子をうかがう。前の飼い主が“のりたま”と名づけたあひるが来てから、子どもたちが頻繁に遊びにくるようになったのだ。両親は子どもたちを歓迎し、のりたまと遊ばせるだけでなく、客間で宿題をさせたり、お菓子をふるまったりする。働いたことがない娘はもちろん、離れて暮らす息子夫婦にも子どもがいないため、両親は〈孫がたくさんできたようだ〉と子どもたちを可愛がる。しかし、父親が、体調を崩したのりたまを動物病院へ運んでいくと、子どもたちはぱったりとこなくなる。2週間後、帰ってきたのりたまは、なぜか小さくなっていたが、娘は両親に何も言えないまま口をつぐむ……。
あるべき言葉が正しくそこにあって、淡々と簡潔に文章が展開していく。デビュー作から読者を惹きつけてきた今村の文体には磨きがかかり、テンポよく読み進めるうちに、不吉な影を感じてしまう。それは、家族が、日常がいつしか溜めこんでしまった、おそらく私たちにも訪れる危機の前兆なのだろう。
寡作の人はまた傑作を書いた。
※週刊朝日 2017年1月20日号