
中小企業が大半を占める日本において、特に地方では家族や親族で経営している会社も少なくない。夫の家業を手伝っていた女性が、病気で倒れた夫に代わり社長になった際に経験した、地方特有の課題とは。AERA 2025年6月30日号より。
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「平凡な50代前半の主婦だった私が、まさか社長になるなんて」
そう話すのは、東海地方で相続の相談室を経営する女性(60)だ。もともとプログラマーとして働いていたが、結婚を機に29歳で退職。夫の家族が一族で経営していたガソリンスタンドで事務や総務などを担当するようになった。でも「いつか生まれた子どもが引き継ぐだろう」とあくまで手伝う感覚だったという。
結婚当初は、社員でもある親族との関係性は良好だったが、30年間放置されていた曽祖父の遺産相続問題が火種となり、関係は一変。夫が継いだころは、土地の取り合いが始まり、裁判沙汰になった。義理の祖母の葬儀で親族が集まれば、みんな一見にこやかだが、空気は凍り付いていた。スーパーで鉢合わせした叔母からは、目も合わせてもらえなかった。
結局、親族は一斉退職。会社には夫婦2人だけが残り、人手もないなか、設備の老朽化もあり、スタンドの廃業を決めた。
メイン事業を変えるなど激動だった10年前、58歳だった夫が脳梗塞で倒れた。なんとか職場には戻ったが、右手に後遺症が残り、書類を書くのもやっと。気力も判断力もどんどん落ちていくなか、妻である女性が社長になるしかなくなったという。
当時、息子は高校生。日々の食事や学校生活のサポートは必要だ。それでも「私が継がなきゃ仕方ない」と腹をくくった。
人間関係が濃密な地方
まず、収益の薄い構造を見直しつつ、「私にできることは何だろう」と考えた。頭に浮かんだのは、相続対策だった。曽祖父の遺産をめぐって、親族がバラバラになってしまった経験から得た気づきを生かして、悩む人のサポートができないか。相談した商工会議所の担当者に背中を押されて、新たなビジネスとして「相続相談室」を開くことにした。
でも「何かあると『あそこのお嫁さんが』と悪く言われますから」と、家業の看板には頼らず、個人事業主として市のレンタルオフィスで再スタートを切った。
「嫁」として、相続の相談に来る女性は少なくない。自分も嫁として、家族の間で板挟みになった経験があるし、お嫁さんの言うことは、家族に聞いてもらえないことがあることも身をもって知っている。だからこそできる助言は、相談者に好評だという。
(編集部・井上有紀子)
※AERA 2025年6月30日号より抜粋
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