2006年夏発表のアルバムに収めた《ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン》のために制作されたミュージック・ビデオをご覧になったことがあるだろうか? 監督は前年公開の『カポーティ』で各方面から高い評価を獲得したベネット・ミラー。主演は、なんと、スカーレット・ヨハンセン。ディラン本人は登場せず、8ミリ・フィルムを生かしたノスタルジックな感触の映像で物語が描かれていく。『パリ、テキサス』での、ハリー・ディーン・スタントンが幸福だったころを回想するあの美しいシーンを彷彿させる、それ自体が映画として完成しているといった印象の作品だ。YouTubeに公式な形でアップされているはずなので、興味を持たれた方はぜひ。
さて、そのアルバム『モダン・タイムズ』は、06年のネヴァー・エンディング・ツアーがスタートする直前、2月から3月にかけて録音されたようだ。制作態勢は前作の『ラヴ・アンド・セフト』とほぼ同じで、ツアー・メンバーとスタジオに入り、プロデュースはジャック・フロストの名義でディラン自身が行なうというものだった。ただし、ラリー・キャンベルとチャーリー・セクストンはラインナップから外れていて、ベテランのデニー・フリーマンと、2016年の来日公演にも同行したステュ・キンボールがギタリストとしてクレジットされている。
冒頭に紹介した《ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン》など収められた10曲はすべてボブ・ディランの作。《ローリン・アンド・タンブリン》と《ザ・レヴィズ・ゴナ・ブレイク》など、耳にした瞬間にブルース・クラシックとわかる曲も新たな歌詞で《ディラン作》とクレジットされている。また、なんとなく聞いたことがあるような曲だなと感じていた《ホエン・ザ・ディール?》はビング・クロスビーが1930年代に録音した曲が下敷きになっているようで、研究家によると、ほとんどの曲から、なんらかの形で過去の名曲とのつながりが見出だせるらしい。
もちろんそれは、独自の創作スタイルの提示とでもいうべきか、なんらかの意図があってやったことなのだろう。当然のことながら批判の声もあったはずだが、ディラン自身は、まったく「我関せず」といった対応であったようだ。文化の伝承という受け止めもできるわけで、ノーベル文学賞受賞をきっかけにあらためてさまざまな角度から語られるようになったディランの創作姿勢を知るうえでも、重要な意味を持つ作品といえるかもしれない。[次回1/11(水)更新予定]