
講談師、神田香織。女優としての実績を捨て飛びこんだ講談の世界で出会った「はだしのゲン」。女性の社会派講談師として異端視されながら、メディアでは脚光を浴び、反戦、反核などをテーマに新作講談を創作し語り続けて来た。講談師として、統合失調症の子を持つ母として、語ることを止めない。
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淡々と、けれど確とした口調で言葉を紡いだ。
「タモリさんが昨年『徹子の部屋』に出演されて『2023年は、新しい戦前になるんじゃないか』とおっしゃいましたが、私は今回のような動きを見て、日本はもう戦中にあると感じています」
2023年2月16日、広島市教育委員会が、長年にわたって平和教育教材「ひろしま平和ノート」に引用掲載されてきた漫画「はだしのゲン」を削除したという一報を受けた直後に聞いた神田香織(かんだかおり)のコメント第一声だった。冷静な中に小さな怒気さえ孕んでいた。

「お話にもならない理由で中沢啓治さんという被爆者自身が描いた世界的な反戦作品が、お上によって一方的に消し去られていく。どんな詭弁を弄そうとも、これは教育が政治の圧力に侵されてしまったことに他なりません。戦争は教室から始まるというではないですか」
教材を審議する有識者会議において、ゲンが身重の母親のために路上で浪花節を唸って日銭を稼ぐシーンが「浪曲は今の子どもに馴染みが薄く、理解が難しい」とされ、削除理由として出された。講談師の立場から、これを一蹴する。
「浪曲は日本三大話芸の一つで、ゲンのこのシーンは伝統芸能を教えることにもつながります。戦時中に自粛に追い込まれた落語と対照的に、浪曲は戦意発揚のために菊池寛や吉川英治が台本を書いて『神風連』などの愛国浪曲が次々に生み出されたわけです。こちらは軍部に協力したのでおとがめ無し。ゲンが無邪気に浪曲を唸るのは、当時の時局や風俗を語る上でも重要なのです」