『LOVE AND THEFT』BOB DYLAN
『LOVE AND THEFT』BOB DYLAN

 1997年のアルバム『タイム・アウト・オブ・マインド』によって、たとえばグラミー賞の最重要部門=最優秀アルバム賞を獲得するなど、あらためてたしかな存在感を示したボブ・ディラン。もちろん自らも強い手応えを感じていたに違いない彼は、98年と99年もネヴァー・エンディング・ツアーで100回以上ステージに立っている。同ツアーのメンバーは微妙に変化しているのだが、この間に、ギターだけでなくフィドルやマンドリン、バンジョーなども弾きこなすラリー・キャンベル(のちにリヴォン・ヘルムの片腕的存在となり、復活作『ダート・ファーマー』と遺作となった『エレクトリック・ダート』をプロデュース。どちらもグラミーを獲得するという、大きな仕事を残した)と、80年代にテキサス州オースティンから十代半ばの若さで登場して注目を集めたあのチャーリー・セクストンが参加。熱心なファンのなかには、この時期のラインナップを「ベスト」とする人が少なくないようだ。

 こうして1990年代が幕を閉じ、翌年には世界が三番目のミレニアムに入り、そして21世紀を迎えた2001年のネヴァー・エンディング・ツアーは2月に大宮からスタート。キャンベル/セクストンを擁する編成で日本各地回ったあと、3月はオーストラリア、4月から5月初旬にかけてアメリカと進んでいき、6月下旬からはじまる欧州公演までの、本来なら休息期間であったはずの時期にディランはアルバムの録音を終えている。つまり60回目の誕生日をはさんで制作されたことになるこの作品につけられたタイトルは、『ラヴ・アンド・セフト』。発表は同年9月だった。

 プロデュースはジャック・フロストの名義でディラン自身が行ない、セッションにはツアー・バンドのメンバー4人と、ベテラン・キーボード奏者オージー・メイヤーズが参加した。はじめて本格的な形でネヴァー・エンディング・ツアーを通じてつかんだものを作品化したアルバムといえるだろう。

 曲はすべてディラン自身の手になるものだ。《トゥイードゥル・ディー&トゥイードゥル・ダム》《ミシシッピ》《ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)》《ポ・ボーイ》など、ストーリー性豊かで、アメリカ南部の風景が浮かび上がってくるような歌が並んでいる。ツアーの日々、そこで目にするものや嗅ぎとったものが反映されていたのかもしれない。ブックレットにはオン・ザ・ロードのディランをとらえた写真が数点掲載されている。

 無駄のない、空気感を生かしたサウンドとビートが気持ちいい。カントリー/ブルーグラス系ではキャンベル、ブルース系ではセクストンと、二人のギタリストが微妙にカラーの異なるギターでディランを支えていく。《サマー・デイズ》などでのウェスタン・スウィング的な曲調やサウンドは、間違いなく、キャンベルの参加を得た結果といえるだろう。このあともディランは、ネヴァー・エンディング・ツアーのメンバーとともにセルフ・プロデュースでアルバムを仕上げるというスタイルを守っていくこととなる。[次回12/28(水)更新予定]

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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