1992年秋、ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンで行なわれた30周年記念コンサートからちょうど1年後ということになる93年秋、ボブ・ディランは、通算29枚目のスタジオ録音アルバム『ワールド・ゴーン・ロング』を発表している。前年発表の『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』同様、全編、アコースティック・ギターの弾き語りで、トラディショナルや古いブルースのみという内容だった。アルバム・タイトルは1曲目に据えられたトラディショナルからとられている。
録音は93年の春から夏にかけて行なわれたそうだが、いずれにしても、大物スターが何人も駆けつけ、あらためてその存在感を示した豪華イベントなどなかったかのように、極限まで贅肉を削ぎ落とした感じがディランらしい。連作の第一部とも受けとれる『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』よりも作品としてはまとまっている印象で、ブラインド・ウィリー・マクテルも歌った《ブロークン・ダウン・エンジン》、多くの人たちによってさまざまな形で歌われてきた古典的名曲《スタッカ・リー》など、思わず引き込まれてしまう。
翌94年、ディランは日本からネヴァー・エンディング・ツアーをスタートさせ、その後、北米、欧州と回り、100会場もステージに立っている。3日に1回というペースだ。そのまさに初日、仙台サンプラザでの公演を観ているのだが、記憶に間違いがなければ、終盤、意外なことが起きている。20人ほどのファンがステージに上がってしまったのだ。しかし、ディランはまったくいやな顔もせず、楽しそうに踊る彼らを優しく見守っていた。またひとつ「アナザー・サイド」を目撃したような、忘れがたい体験である。
その94年ツアーが終了した直後の11月半ば、ディランは、ニューヨークのスタジオでMTVアンプラグドの収録に臨んでいる。バックを務めたのは、当時のネヴァー・エンディング・ツアーのメンバー5人で、ギター、スティール・ギター/ドブロ/マンドリン、ベース、ドラムス、オルガンという編成だった。
アンプラグドは、ミュージック・ビデオ専門局として1981年にスタートしたMTVが、放送開始から約10年後に打ち出した新企画で、基本的にはアコースティック楽器だけでライヴを聞かせるというもの。80年代サウンドへの反動もあって、大きな注目を集めることとなり、たとえば92年録音のエリック・クラプトンなど、作品化されて大ヒットを記録したものも少なくなかった。
「いよいよ真打ち登場」という感じで出演依頼に応じたディランは、当初、『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』と『ワールド・ゴーン・ロング』の流れを再現しようとしたそうだが、さすがにMTV側からはいい反応を得られなかったという。その結果、いわゆる代表曲中心ということになり、翌年春発表のアルバムには、《オール・アロング・ウォッチタワー》《レイニー・ダウン・ウーマン#12&35》《ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット》《ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア》《ライク・ア・ローリング・ストーン》などベスト選曲的な12曲が収められている。
すでに書いたとおり、100回以上のツアーが終了したばかり。ディランと彼らが聞かせる音は、まさにライヴ・バンドとしてのまとまりを感じさせるもの。とりわけディランのアコースティック・ギターを中心に据えたアレンジの《オール・アロング・ウォッチタワー》は聴き応えがある。[次回12/14(水)更新予定]