ラジオ体操の手本役を務めたグラウンドは、面影を残していた。いま1学年1学級だが、自分がいたころは1学年4学級あり、松、竹、梅、桃というクラス名だった(撮影:山中蔵人)
ラジオ体操の手本役を務めたグラウンドは、面影を残していた。いま1学年1学級だが、自分がいたころは1学年4学級あり、松、竹、梅、桃というクラス名だった(撮影:山中蔵人)

 一番の思い出は、部活で夏に「絶対に水を飲むな」と言われたことだ。いまでは考えられない荒っぽい指導だが、昭和の時代の象徴とも言える。でも、グラウンドに水をまきながら、コーチの目を盗んでホースからちょっと飲んでいた。

自由な高校生活に悔いはないけどちょっぴり心残りも

 自由に送って、後悔はない高校生活だ。でも、グラウンドをみながら口にした。「あそこでもうちょっと何かをなし得ていれば、ちょっと違った人生があったかなと、いまさらながらに心残りです」。『源流』からの流れが、速度を落とし、就職へ向けて水量を蓄えていたときなのだろう。

 80年4月に入社して配属された新宿支店で2年弱、個人向け金融商品「貸付信託」の外勤営業を続けた。ここでは荒々しさから生じたもめごともなく、どちらかというと内向きで、穏やかな日々だった。黒鞄に書類、ビニール袋に契約してくれた客への謝礼のタオルやティッシュを入れて、私鉄小田急線の沿線を西へ神奈川県内まで、ぐるぐると回る。これで、どんな人と会っても驚かないし、誰とでも話せるようになる。上司だけでなく、客にも鍛えられた。

 2017年4月に三井住友トラスト・ホールディングス(現・トラストグループ)の社長に就任し、2021年4月に会長になっても力を入れ続けているのが、中小企業や農林業の事業承継だ。前者の技術やノウハウを承継していくための方法として「事業承継信託」を手がけ、事業主の子どもらが一人前になるまでの間、つないでいく。

 農業は、法人組織にして大規模にやるのがいい方法だが、林業が課題だ。地球温暖化対策にいまはCO2(二酸化炭素)の排出量をいかに減らすかが注目されているが、森林で吸収していく仕組みにも力を入れたい。日本のかなりの森林が戦中・戦後に植えられて、手入れも不十分に50年、60年たってCO2の吸収力が落ちている。「森林信託」でしっかり管理し、木材をビルにも活用していきたい。

 信託の出番はまだまだあるはずだ、と思っている。ときには荒々しく、ときには穏やかに。『源流』からの流れは、新たな地平を拓こうとしている。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2025年4月21日号

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