
米中対立をエスカレートさせたい勢力
このように見ると、経済的には中国の方が打撃が大きくても、政治的ダメージでは米国の方が大きいということになる可能性はかなり高いのではないだろうか。
それにもかかわらず、米国がさらなる高関税を中国に課して、対立を深めるのはなぜか。
一つ考えられるのは、米中対立をあえてエスカレートさせたいという勢力がトランプ政権内部で優勢になっているのではないかということだ。中国とあるところで妥協するのではなく、徹底的に叩きのめして、二度と米国に挑戦できないようにしてやろうと考えているとすれば、関税戦争をとことん激化させることも理解できる。戦争も辞さないという考えかもしれない。
そうでなくても、中国を経済的に追い詰める一方で、台湾有事の危機をさらに煽り、実際に中国に対して台湾攻撃に踏み切らせたいという思惑を抱く人たちもいるのではないか。
トランプ大統領は、戦争嫌いだと言われるが、それはコスト的に合わないと考えているからだ。もし、米国が得する戦争があるなら、反対しないかもしれない。
そういう心配をさせることがいくつか起きている。
まず、ヘグセス米国防長官の発言だ。「日本は西太平洋で我々が直面する可能性のある、あらゆる事態の最前線に立つことになる」と中谷元防衛相との会談で語った。「西太平洋で」ということは、台湾有事でも日本が先頭に立って戦うということを意味する。
もちろん、米国は戦わないとは言っていないが、台湾を守るかどうかについては、米国は一貫して曖昧な態度を取っている。正義などには関心のないトランプ氏であれば、容易に台湾を見捨てるだろう。これに対して、日本だけは最前線に立たせようと米国は考えているのだ。
中国が台湾を占領するのは大変なことだが、ミサイル攻撃なら容易だ。世界最先端の半導体企業で生成AI用の半導体の約9割を生産する台湾TSMCなどの半導体工場を攻撃して、台湾の経済的価値をゼロにすることはできる。海上封鎖で最先端半導体の供給を止めることならさらにハードルは低い。現に、中国軍は、そのための演習を繰り返している。
次に心配なのは、トランプ大統領がTSMCに対して、米国内に工場を建設しない場合は最高100%の税金を支払うことになると伝えたという報道だ。今回の相互関税とは別に、自動車のように半導体には特別な関税が課されることになっているが、これを脅しに使ってTSMCに最先端工場を米国内につくらせようという意図が見える。TSMCはすでにアリゾナ州で工場を建設しており、バイデン前政権はこれに66億ドルの助成金を出したが、トランプ氏はこれを批判している。トランプ政権に忖度して、TSMCは米国に1000億ドルの追加投資を発表した。トランプ大統領は、「台湾は半導体を米国から奪った。米国はかつて『王』だったが、ほとんど失った」と述べており、米国での最先端半導体製造にこだわっていることがわかる。逆に言えば、台湾からの供給がなくても良い体制を作ろうとしているのだ。