2019年8月に近所の練馬区立美術館で『水より上る馬』を見たことがきっかけで『静』のことを思い出した

描こうとしたのは女性の「気品」

 その『静』が今、大阪の中之島美術館で展示をされている。

 以前このコラムで、大正期に彗星のごとくあらわれた女性画家「島成園(せいえん)」のことをとりあげたが、その展示を手がけた学芸員の小川知子が、島より17歳年上だった先駆者上村松園をとりあげるという(『生誕150年記念 上村松園』)。これはいかない手はないと、3月28日その内覧会に行ってきた。

 上村松園は、現役期間の長い画家だ。14歳の時にはすでに今回も展示のあった「四季美人図」を内国勧業博覧会に出品している。鈴木松年という画家の弟子になるが、その師の子を未婚のまま27歳の時に出産している。宮尾登美子のモデル小説『序の舞』は、そうした師弟のスキャンダラスな関係を主軸にしているが、小川に言わせると、「これはあくまで小説、史実ではない」のだという。

 それでも、中年期でも激しい恋に燃えた女性だったらしく、松園の作品の中で、異質と言われる「焔(ほのお)」は、43歳の時の作品。源氏物語の六条御息所を描いている。嫉妬に狂い生霊となって源氏の通う若い女性たちに災いをなそうとするこの絵を描いたときの松園を、後に息子の信太郎は、「こうした絵が出来た遠因に苦しい恋愛があったのでしょう」と芸術新潮に語っている。

「静」は、上村松園の最晩年の作品であった。描かれたのは1944年、亡くなる5年前松園69歳の時の作品である。

 事前のメールで小川は、「静」という作品は、松園の中でも注目されることが少ない作品と断っていたが、それでも、メディアの時間帯の前に訪れた松園の曾孫は、この「静」という作品の前で、じっと立ち止まり感慨深げに「この作品が一番好き」と言っていたというから、何かしら人の心をうつものがある作品なのだろう。

 私は大学生の時の課題に、「静」でいながら、実は動きがある作品ということを書いていたわけだが、松園の日本画は、この他にも「鼓の音」(1940年)など、一瞬を描きながら、動きのある作品が多い。「静」は今にもその脇差しで切られてしまうのではないかと思うし、「鼓の音」は、ポンという太鼓の音が聞こえてくるようだ。

 小川は、松園がその絵でめざしたのは「気品」だったのではないかという。

「大正デモクラシーの時代に20歳でデビューをした島成園が、女性の、時に醜い内面を描こうとしたのに対して、一回り以上世代が上の松園は、どのような時にも美しく装う『気品』を大切にした」

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