その結果は最大で年9.6兆円の赤字が出て、赤字の期間は20年に及ぶ見通しだった。日銀当座預金の残高は、満期となった保有国債の償還に合わせて減っていくので、この9.6兆円の赤字がずっと続くわけではないものの、この間の累積の損失額は60兆円にのぼるという。
当時の日銀の自己資本は約7兆円だったから、単純計算で約53兆円の債務超過に陥る計算だ。戸村教授は言う。
「今は試算した当時よりも日銀の当座預金残高や国債保有額は多い。だいたい1.8倍に増えています。単年度の赤字額はそのぶん膨らみ、ピーク時には最大瞬間風速で10兆円は超えてもおかしくはないでしょう」
試算した時点で日銀が自力で債務超過を解消できるのは2133年と、100年余りも先になる予想だった。現在の当座預金残高や国債保有額を考えると、もっと時間がかかる可能性もある。
前出の河村さんは、足元で物価高が進んでいるのにもかかわらず、日銀が金利を引き上げないどころか、かたくなに国債を買い続けている背景には、この財務問題があると考えている。
「日銀は表向き『賃上げを伴う内需主導型の本格的な物価上昇ではない』とか、『回復途上にある経済活動の足を引っ張りかねない』とか、いろいろな理由をつけていますが、実際には、これまでの大規模緩和の結果として、経済や金融情勢に応じて機動的に金融政策を運営する能力が失われてしまっているのではないでしょうか」
財務問題が足かせとなって、利上げをしたくてもできない状況に追い込まれているという見方だ。河村さんは続ける。
「昨年から物価高や円安が進んでも、日銀はまるで知らん顔。何もしないことが最大の問題です。たとえ赤字が増えるとしても、しかるべきときに利上げをする。それが中央銀行としての本来の使命です」
河村さんによれば、日銀は債務超過に転落したからといって、すぐに金融政策など中央銀行としての仕事が続けられなくなるわけではないという。日銀の財務の会計手法は民間企業と異なるし、抱える赤字も、いざとなったら政府が穴埋めすることも考えられるからだ。
だが必要なときに利上げを怠れば、物価高はさらに加速しかねない。値上がりのスピードは速く、給料アップが追いつかなければ家計には重い負担がのしかかる。とくに所得が低い層ほど、影響は大きい。(本誌・池田正史)
※週刊朝日 2023年4月28日号より抜粋