「結局、玉木の秘書らへの対応は変わらんかった。数年前に玉木の支援をやめた。秘書や地方議員をコマのように使い、使えないと思ったら口が悪くなる。最初のころはそんなことはなく、一生懸命やったんやけどな」(Fさん)
「玉木の秘書になった段階でその覚悟がないと」
玉木事務所の事務局長を務めたことがあるGさんは、当時の玉木氏と秘書の働き方について、
「玉木自身が普通の会社員の3倍くらい働いていたから、秘書は家庭が壊れるくらいの苦労をしたことはあると思いますよ。自分の時間や家庭を犠牲にするような働き方にならざるを得ないからね。とにかく玉木についていかなければ、という状態だったし。逆に言うと、玉木の秘書になった段階で、その覚悟というのかな、それがないと厳しかったと思う。それに耐えられない人はリタイアすることもあるでしょう」
と振り返り、こう続けた。
「秘書が少なかったからね。お金に余裕はないから何人も雇うようなこともできないし。だから、玉木事務所はブラック企業だ、という言われ方をされたことはありますよ。内部の関係者ではなく、外部の県議とかに。秘書の数が少ないのに人使いが荒く、待遇は良くない。まさにブラック企業だって。ただ、玉木は他の国会議員とはやはりグレードが違う。思いが全然違う。本人が1番手で行動を起こして動き回る。私は今でも感心するんだけど、とにかく人の3倍働いていました」
過去のことであっても、いまだに“傷”が癒えていないという人がいる。公党のトップでもあり、他の議員とグレードが違うならなおさら、部下との接し方も違うやり方があったはずだ。
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今回の件について玉木氏の事務所に、記事内に書いた「高圧的な言動」や「暴言」についての認識があるかどうかなど、いくつかの質問をしたところ、ファクスで回答があった。
記事前半で紹介した、2010年代にあったAさんへの言動について認識があるかどうかについて、
「2020年9月に新国民民主党を設立した際、A(回答には実名)氏を中心に数名の旧国民民主党所属の地方議員が新国民民主党に加わらず、立憲民主党会派に加わることとなりました。国民民主党を離れる以上、選挙になれば(党代表のお膝元である)さぬき市選挙区で党公認候補者を立てざるを得ず、離党するなら覚悟してほしいと玉木が言ったことは事実です。当時は玉木も党の存亡をかけ、つなぎ止めることに必死だったが故に強い言葉になった部分は反省しています。しかし、議席を争う政治の世界のことであり、双方とも相当な覚悟の上ですので、自ずと熱い対応になってしまいました」
と回答しており、こちらの質問にはない2020年にあったとされる別の件についての釈明が書かれていた。