
Aさんは秘書を務めていた時期もあり、玉木氏のAさんに対する“あたりの厳しさ”は継続的だったという。
「『お前は使えねえな』『辞めてしまえ』『ハゲ』『アホ』『お前の代わりはいっぱいいる』などは何度も言われました。玉木さんの言動について秘書や他の市議らの相談に乗っていたことがあって、玉木さんに『言い過ぎでは』と話したら、『なんでお前にそんな言われなあかんのや』と」
それだけ言われ続けていたら、体に支障をきたしたり、辞めることは考えたりしなかったのだろうか。
「夜は寝られませんでしたよ。いつも不安で睡眠導入剤をもらっていた時期がありました。子どもも小さかったし、妻にも相談はできなかった。(玉木氏が)優秀だからかもしれませんが、自分の思い通りにならないとひどい言葉を浴びせてきました。記者会見などで見るようなおだやかな話し方なんてしなかったです。高圧的でいつも見下してきて」
これ以上この人のそばにいたら……
2010年代半ばから1年ほど地元事務所で秘書をしていたBさん(40代)も、玉木氏の暴言に耐えられず、辞めた一人。Bさんが思い出すのは選挙の時だ。
数カ月前から決まっていた地元後援会との集まりの日のこと。
「10分単位など密にスケジュールが決まっているのに、街頭などで有権者から声をかけられたり、携帯に連絡が入ったりすると、『あっちに行く』『こっちに行く』と指示をしてきます。予定していた街頭演説には当然遅れます。すると、『なぜ遅れるんだ!』と当たってくることもあり、はっきりした文言は覚えていませんが、きついこと、嫌なことを言われていました。忙し過ぎたこともあって半ば感覚が麻痺して、異常を異常と思えなかった」
選挙戦が始まるころから、Bさんの拘束時間は朝7時から夜11時までと早朝から深夜まで働くことが多かったという。
「もちろん残業代などは一切出ません。私も迷惑をかけた部分があると思いますが、とにかくひどいことを言われるなど苦しい1年でした。私が秘書に就いたときはもう1人の男性秘書がいましたが、精神的に参っていました。それを機に辞職しました。私もこれ以上この人(玉木氏)のそばにいたら……と辞めました」