国立がんセンター名誉総長が、40年間つれ添った伴侶をなくし、四国八十八カ所の巡礼に出た体験を綴る。
 がんを患った妻の死から7年。破滅的な生活を経て喪失感とともに暮らす著者は、わざと酷暑を選んで出発する。9キロもの荷物を背負い、白装束の笈摺の下に登山用パンツ、菅笠に金剛杖、それに履き慣れた登山靴の出で立ちだったが、初日から全身が痛み、凄まじい発汗に汗疹ができて痒さに寝られず。3日目からは足指のマメの水を針で抜きながらの旅になった。日陰のない海岸に沿う道は、地面からの照り返しで脳漿が煮え立つよう。そんな中を右、左と機械的に歩みを進め、「南無大師遍照金剛」と妻への感謝の言葉を交互に唱え、いつの間にか妻への感謝に満たされていた。この無我の境地に至るまで、著者の心はいつも新鮮だ。

週刊朝日 2016年11月11日号