眼光の鋭い元ボクサー。タオルの鉢巻きをしたジャージ姿の男……。背景に黒布を垂らしただけのポートレートなのに、撮影した場所の空気が伝わってくる。
東京都台東区から荒川区にある日雇い労働者の街「山谷」の男たちから「写真屋のネエちゃん」と呼ばれた著者の写文集だ。
両親は「あしたのジョー」にも登場する泪橋の交差点近くで大衆食堂を営んでいた。だが子供の頃は近隣への出入りを禁じられていたという。「山谷の男だけがもっている、もたされている生の証を写したかった」。1999年、33歳のとき、公園の一角に暗幕を張り、青空写真館を設営。以来、100人を超える肖像を撮影した。
男たちから聞き出した打ち明け話は、虚実に夢が混ざる。彼らの風貌を確かめるため、何度も写真の頁をめくりなおしてしまう。
※週刊朝日 2016年11月4日号