大学在学中はトライアスロンに熱中した。ただ、学生トライアスロン大会の多くは距離の短いスプリントとオリンピック・ディスタンスで、長距離の種目は行われない。長い距離に挑戦したいと、4年生のときに出場した100キロマラソンで新たな気づきがあった。

「トライアスロンをやっているときはずっと心拍数が上がりっぱなしで苦しいし、必死なんです。でも、100キロマラソンは『少し速めのジョギング』くらいのペースで走るのでレースを楽しむ余裕があった。周りの人とコミュニケーションを取りながら取り組むのが新鮮でした」(水野、以下同)

 100キロマラソンでは「サブ10」、10時間切りが市民ランナーの大きな目標になる。水野は初出場で優にそれをクリアした。

 100キロマラソンを走るランナーになると、山を走るトレイルランや、より長い大会の誘いが周囲から来るようになる。2022年、トレイルランの100マイルレースに出場し、初めて夜を徹して走る経験をした。その次はロードの200キロ。そうするうち、それぞれの距離で記録を伸ばすよりも、「より長い距離を走る」「より長い時間走る」ことで自分の限界を更新することにやりがいを感じるようになった。

ゴール後、次のラップのスタートまでは個室テントで食事を摂ったり、数分のわずかな仮眠をして体力と気力の回復を図る(撮影:株式会社あはい)

 ランニング仲間との出会いの中でバックヤード・ウルトラを知り、2023年、初めて大会に出場する。そこで水野は大会記録を大きく塗り替える70ラップを走った。最後の2人で10ラップ近くを刻み、サポートメンバーや運営側の負担も考えて同時に競技をやめたという。この記録で日本代表として世界選手権国別対抗戦への出場も果たした。

「バックヤード・ウルトラって、『競走』ではなく『共走』なんです。ほかの選手を打ち負かすのではなくて、一緒に励まし合いながら距離を伸ばしていく。一緒に走るランナーは仲間なんです。それに、急いでも終わらないからおもしろい。そこにハマりました」

 今回、水野が大会を企画したのは、10月にアメリカで行われる個人世界選手権の出場権を得るためだ。個人世界選手権へは、昨年の国別対抗戦で各国トップ(24ラップ以上)だった51人が既に内定。それ以外に、世界ランキング(23年8月から今年8月までの記録)上位24選手が出場できる。現在のボーダーは82ラップで、水野はここを目標として大会に挑んだ。

 スタートは2月20日(木)12時。冬晴れの陽気のなかで14選手がスタートした。1時間で6706メートルという距離それ自体は、かなり楽な設定だ。選手同士、にこやかに談笑しながら競技が進んでいく。カメラを向けるとほとんどの選手が手を上げて応えてくれた。

 ただ、最初の数ラップを見た私が横浜の自宅に戻り、仕事をし、飲み会に参加し、(少し時季外れだが)子どもの七五三の撮影に出かけ、日常を過ごしている間も、彼らは走り続けていた。

2月21日、29ラップ目を並走する水野(左)と小松広人。選手同士談笑したり、励まし合ったりして走る。打ち倒す敵ではなく、仲間だという(撮影:株式会社あはい)
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