
「東北に居続けたら、親戚のおじさんみたいな人たちの視線にからめとられてしまう気がしたんです」と語った鈴花さん。なぜ彼女は故郷を離れ、各地を転々とするのだろうか。
スマホが追いつけないぐらい
鈴花さん(28歳/仮名)はつぶやくように言った。
「……生きるために東北を出たところはあるのかも」
無意識のうちに、故郷に居続けることに危機感を覚え、それに反発したということなのかもしれない。
ではなぜ、故郷を離れた今も移動し続けているのだろう。
「なんかすごく逃げているっぽいところはあります。何から逃げてるのかって聞かれてもわからないけど、行動の軌跡を追うと、逃避行みたいに見えるんですよ。例えば、私のスマホは『○○市、気温〇℃、天気晴れ』みたいなのを出してくれるんですけど、表示される『現在地』が1個前にいたところだったりするんですね。私の現在地に、スマホが追いつけないぐらい逃げてるように感じるんです」
何者かになることは「居心地が悪い」
鈴花さんは、ハンバーグを食べる手を止め、丁寧に言葉を探していた。
「……何者かになっちゃうことは、すごく不安なことなんです。例えば記者さんとか、何かの専門家とか、役者でもそう、『こういうことをしている人』になってしまうことは居心地が悪い」
他者に「こういう人」とカテゴライズされたくないということだろうか。
「でも、やっぱり生きていると、なにがしか付いちゃうじゃないですか。近所のスーパーの店員さんとか、朝の何時にタヌキ似の柴犬を散歩させている人とか、8時13分の電車でよく見かけるあの人とか」
そう考えると、何者でもないということは難しい。どこかに定住してしまえば、必ず誰かに認識されてしまうからだ。
モブの中の一人でありたい
「モブになりたいのかも。モブって、漫画でいう後ろでいっぱい描かれている顔のないキャラクターのことですけど、そういう中の一人でありたい」
にもかかわらず、役者もしている。
「なんか逆の願望がある。本当は誰にも見られたくないし、外にも出たくないし、家に引きこもりたいんですよ。だけど、それじゃダメだと思ってどこかへ行く。そのせめぎ合いで、宙に浮いてるのかも。『誰でもない』ことによって、社会の中で引きこもれる、みたいなことですかね。適度に社会にかかわることによって、よりちゃんと宙ぶらりんになれるというか。『楽器の練習するから来て』って言われたら、そっちへ引っ張られるじゃないですか」
揺さぶりが大きくなれば、定位置で止まることはない。それが引きこもるということなのか。行動的な鈴花さんの中に、引きこもり願望があるというのは意外だった。
「引きこもったら絶対に楽しいのはわかるんですよ。精神的にもラクだし、喋ったり、歌ったり、踊ったりしなくていいし、レジ打ちとかもしなくていい。職にも就かず部屋の中だけで完結する。でもそれじゃダメだって思う気持ちは、……どこから来るんだろう?」