鈴花さんは、考えを巡らせていた。

「飛び回っていても、引きこもってることになっているんじゃないですかね? どこにいて何をしている人、にならないから」

 1カ所で引きこもれば、「引きこもり」として認知されてしまう。まさか鈴花さんは、それすらも回避して、何者にもならないために全国を移動しているというのか。親戚のおじさんが求めてきた「きちんとした職業人になって何者かになる」こととは、見事に逆だ。

私は引きこもりたいんだ

「おじさんのあの言葉は、めっちゃ怖かった。それを聞いたとき、『ああ、この世界はみんなのものだから、自分の世界はないんだ』って思ったんですよ。でも今は、自分の世界が守られている感じがあるんです。移動し続けていることによって、自分がより強固になって、世界が広がっている感じがする」

 そう言うと、鈴花さんは急に前を向いた。

「次の舞台の公演も、お客さんは観に来るけれど、それも引きこもりの一環なんだと考えると愉快ですね! うん、そうだ。私、今の人生にすごく満足しています」

 なんだかうれしそうだ。

「いやあ、良かった。最近そのことですごく悩んでいたんですよ。私何してんだろう?ってずっと考えていたんです。インベさんがいてくれて良かった。ちゃんとわかった。私は引きこもりたいんだ!」

 言語化できたことで、えらくスッキリしたらしい。

彼は人生におけるGoogleマップのピン

 話は、ふいに彼氏のことに移った。

「東北の彼は、私の世界をちゃんと追っていて、理解を示してくれているのでとても助かっています。なかなか私の行動をリアルタイムで追える人はいないんですよ。『〇年〇月に私は何をしていましたか?』って聞いて、答えられるのは彼だけだと思う。私の人生における、Googleマップのピンみたいですね。『ちゃんとわかってますよー』って、位置情報を共有してくれている」

 逃避行を続け引きこもりながら、彼には自分のいる世界を理解してもらっている。その状態こそが、鈴花さんにとって理想的な居場所なのかもしれない。彼は、とてつもなく贅沢な存在だ。

「本当に、贅沢って言葉がぴったりだと思います。彼にちょっと感謝の手紙を書こうかな」

 感慨深げにそう言うと、鈴花さんは、ウキウキしながら次の稽古に向かっていった。

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