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 Z世代の女性向けエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ(https://mirror.asahi.com/)」と「AERA dot.」とのコラボ企画は第6弾。「名字について思うこと」をテーマに、エッセイを募集しました。多くの投稿をいただき、ありがとうございました。
 投稿作品の中から優秀作を選び、「AERA dot.」で順次紹介していきます。記事の最後には、鎌田倫子編集長の講評も掲載しています。
 ぜひご覧ください!

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実家から宅配便が届いた。宛名のところには、丸っこくて大きな母の手書き文字で、『田中海様』と書いてあった。それを見たら、悲しくて悲しくてどうしようもなくなって、ダンボールを抱えたまま泣いてしまった。

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当時私は結婚したてで、『田中』という名字になったばかりだった。それについて、特別うれしいとは思っていなかったけれど、だからといって嫌だとも思っておらず、なんとなく「そんなもんだろう」と考えていたつもりだったのだが、見慣れた母の字で書かれた『田中海』を目にしたとき、唐突に耐えられなくなったのだ。

ごめんねお母さん。『田中海』なんて書かせてごめん。

別に母は、私が改姓することに疑問なんて持っていなかった。母にとってみれば、結婚して女性側の名字が変わるのは当たり前のことだったと思う。その証拠に、母は二度結婚していて、そのたびに改姓している。

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だけど私には無理だった。母が私に『田中海』と書くこと。私が『田中海』になったこと。結婚したら名前を変えなきゃならないこと。それらすべてが、じつは耐えられないくらい嫌だったんだと気づいてしまった。

でも、なぜ改姓が嫌なんだろうか。

諸々の手続きが面倒くさいから? そういう理由を挙げる人もいるけれど、私にはあんまり当てはまらない。

自分の過去の功績が消えてしまうから? 残念ながら、私には功績なんてひとつもないのでこれも違う。

自分が自分じゃなくなるような感じがするから? たしかにそれはある。あるけど、ドンズバな理由ではない気がする。

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