私服で気さくに接客する。ときに、売り切れた旨を伝えても、「本当はあるだろう」と引き下がらない客も。そんな時は「どの方にも同じようにご用意がかないません」と、説明する。平等な商いが信条だ(写真/植田真紗美)

幻といわれる「空也もなか」 作れる数だけを銀座で売る

「ニューみるく」を経営するテーブルビート代表の佐藤俊博(72)も言う。

「非常に芯が強くて、繊細。体は大きいのにね(笑)。そしてすごく優しい。彼を利用しようと近寄ってくる人もいるけどね、媚(こ)びることはしない。まっすぐな人です」

 空也は銀座の並木通りに、ひっそりと店を構えている。1884年創業。夏目漱石や沢村貞子など多くの文豪や著名人に愛されてきた。人気商品は、「幻のもなか」といわれる「空也もなか」だ。一つ、120円(税込み)。一日に作る個数は8千個ほどと決めているため、日中に売り切れたからといって、追加で作ることはしない。運が良ければ予約をしなくても買える日もあるが、予約をしなければ、なかなか手に入らない。

 材料は北海道産の小豆、砂糖、水あめ、食塩。質のいい材料で丁寧に、丁寧に作り上げることが信条だ。圧力釜にはかけず、朝から小豆をコトコトと煮る。15キロの小豆があんこになるまで4時間ほど。これを一日、5セット。小豆のうまみが強く皮が舌に残らないため、「空也のあんこは食べられる」という子どもも多い。

多い時は週の半分ほど通った銀座のとんかつ店「とん㐂(き)」は、行列のできる名店だったが、昨年12月末、47年の歴史に幕を閉じた。「なじみの店がなくなっていきますね。時代の流れでしょうけど」(山口)(写真/植田真紗美)

「強気な商売」も話題だ。現金決済のみ、予約は電話か来店のみ。配送もできず、百貨店の催事に出展することもない。あまりの不便さに客に不満をぶつけられることも少なくない。

「代々、商売っ気がないのです。銀座で作れる範囲の数だけを、銀座で売る。週40時間労働、大切な従業員がしっかり働いて、良い菓子作りができる状況を維持したい。それに、Webサイトからの予約ができるようになったら一瞬で完売し、今、買ってくれている人たちが買えなくなってしまうかもしれません」(山口)

 一方、山口は空也ののれんを守りつつ、2011年から、創業以来はじめてとなるセカンドブランド「空いろ」を展開。伝統と現代、和洋が融合された商品を数多く手掛ける。例えば、「〇あん」というあんこは、小豆の皮が分からなくなるまで攪拌(かくはん)できる最新機器を導入し、こしあんのようでこしあんではない、味の濃いジャムのようなあんこに仕上げた。こしあんを作る際に出る小豆の皮は廃棄するしかないが、この機械を導入したことですべて食べることができ、また廃棄するための費用をゼロにすることができた。看板商品のどら焼きは当時、珍しかった米粉を配合している。

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幼稚舎から大学まで慶應義塾で学んだ