菓子やパンを広めるイベントではDJをつとめる。山口ならではのアイデアで、伝統を守っていく(写真/植田真紗美)
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「空也」5代目、山口彦之。「空也」のもなかは、「幻のもなか」といわれる。一日8千個ほど作るが、すぐに売り切れ。予約をしないとなかなか手に入らない。山口彦之は、この「空也」の5代目。1884年創業の老舗ののれんを守りながらも、新たに「空いろ」を立ち上げた。和菓子だけでなく、お菓子をもっと広めたい。そんな思いを胸に、時代に流されることなく、変化は恐れない。

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 東京・大手町にある「新丸ビル」の7階にあるバー「ニューみるく」は、夜の寒さが増してきた11月下旬にもかかわらず、熱気に包まれていた。

 開催されていたのは、音楽とお酒、そして菓子やパンなどを楽しむイベント「アンコマンないと」だ。細長い店内はお客さんでごった返し、歩くことが大変なほどの大盛況。テーブルには、空也もなか、あんぱん、きよめなどの菓子が並び、来場者は仕事の話、プライベートの話に花を咲かせている。

 このイベントの“首謀者”は、銀座の和菓子屋「空也」の5代目・山口彦之(やまぐちひこゆき・45)。山口はDJブースで安室奈美恵の映像をバックに、ピースサインで写真撮影に応じていた。DJブースを出ると、来場者の間をせわしなく動き挨拶(あいさつ)をし、談笑している。「顔が広いのですね」と言うと、「どうなんでしょう? 体の幅は広いですけどね」と、ニヤリ。

木村屋總本店の代表、木村光伯(右)と。「(山口は)ブツブツと文句を言いながら、友人の引っ越しの手伝いをすすんで動くなど、実は面倒見がいい面も」(木村)(写真/植田真紗美)

 山口をはじめ、創作和菓子の「wagashi asobi」の代表・稲葉基大(51)、「木村屋總本店」の7代目・木村光伯(46)、「銀座松崎煎餅」の8代目・松崎宗平(46)がDJをつとめ、8年ほど前から緩く長く続いている。飲食業界の人もそうでない人もウェルカムだ。常連もいれば、「初めてなんですけど」と一人で参加する人もいる。

 それにしても、菓子屋の旦那衆がDJとは意外。甘い物にお茶やコーヒーではなく、お酒を合わせるというアイデアも斬新だ。友人の今田(こんた)篤子(51)は、山口のことを「自分の内側に対する着眼点が素直」と称す。

「老舗の代表なのにDJをして、それで菓子を広めたいなんて、普通、世間体が気になってできないもの。山口さんは、『いや、僕はこれが好きなんで』と、やりたいことや興味のあることに正直に向き合う人だと感じます」

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幻といわれる「空也もなか」 作れる数だけを銀座で売る