研究はなかなか面白いと思っていたら、島田先生に「大学院へいくのもいいのでは」と言われ、進路を決めた。指導教授は佐野先生で、引き続き島田先生にも教わった。産業研究所へも、入れてもらう。
今回、産業研究所も訪ねた。慶大で経済学部と商学部の計量経済学部門の研究者がここに集まり、当時は「日本の計量経済学の中心」だった。
産業研究所の英文名称は「Keio Economic Observatory」で、「観測所」となっている。経済学を天文学と同じようにやるということで、義塾創設者の福澤諭吉も実学という言葉に「サイヤンス」とルビを振った。
78年に大学院へ進み、「高齢者が働くか働かないかは、どういう要因によって決まるか」を数式化し、全国消費実態調査や高年齢者就業等実態調査などの個票データを使って、計量経済学の手法で年金と高齢者の就業行動の関係を解析した。
年金の受給資格と高齢者の働き方でうれしかった発見
そこで、年金の受給資格がある高齢者が働いて収入を得ると年金が減額される在職老齢年金制度に着目し、高齢者はこれを回避する行動をとるはずだと仮説を立て、実際その通りになることを発見した。それまでまだ誰も検証していない仮説を、統計的にうまく検証できたのは、とてもうれしかった 。
2009年5月に塾長に就任し、前号で触れたようにリーマンショックで悪化した義塾の財政再建から始めた。2期8年務めて退任、2022年7月に日本赤十字社の社長になった。日本赤十字社は日本赤十字社法による法人で、国際赤十字の一員。イスラム圏の国は「十字」の代わりに赤い新月の使用も認められ、国際赤十字は世界191の国と地域に広がる。
赤十字の活動の始まりは戦時救護だが、日本では世界に先駆けて自然災害の救護を磐梯山噴火の際に始めた。救護のために看護師を養成し、病院も設立した。献血は日本で日本赤十字社だけが担う。日赤に来てみて、改めて大切な仕事ばかりだと思った。
人間の歩みは積み重ねで、いろいろなところが『源流』だと言えるが、研究者としての『源流』を問われれば、間違いなく慶應義塾大学の産業研究所だ。さらに遡れば東雪谷の家に生まれ、自由な雰囲気の中で育ったのが、そもそもの『源流』か。合理性とともにきた『源流』からの流れは、日本赤十字社でさらに広がっていく。(ジャーナリスト・街風隆雄)
※AERA 2025年1月27日号