高齢になると病気が増え、衰えや喪失体験からネガティブな心理状態になると予想されるが、その予想に反して高齢者の幸福感は増していくという研究報告が多くある。この現象は「エイジング・パラドックス」と呼ばれるが、90歳を迎えた今も現役医師として働く折茂肇医師は「少なくとも、年を重ねれば自然に幸福感が増すのは大間違い」と、この説に疑問を呈す。
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折茂医師は、東京大学医学部老年病学教室の元教授で、日本老年医学会理事長を務めていた老年医学の第一人者。自立した高齢者として日々を生き生きと過ごすための一助になればと、自身の経験を交えながら快く老いる方法を紹介した著書『90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術』(朝日新書)を発刊した。同書から一部抜粋してお届けする(第14回)。
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高齢になると病気が増え、自らの衰えを感じることが多くなる。加えて、さまざまな喪失体験も重なる。ふつうに考えれば、落ち込んだり、悲観的になったりと、ネガティブな心理状態になることが予想できるだろう。しかし実際には、高齢者の幸福感は低くないという研究報告が多くある。この現象は「エイジング・パラドックス」と呼ばれている。
私はこの説を果たして本当かと疑問視しているが、まずはその研究を紹介しよう。
米ダートマス大学の経済学者、デービッド・ブランチフラワー教授の研究によると、世界32カ国を対象に人生の幸福度と年齢の関係を調べたところ、人の幸福度は18歳から下がり始め、47〜48歳で不幸のピークに達したのち、ふたたび上がり始める。人生の幸福度が最高値に達するのは、82歳以上だとされている。
エイジング・パラドックスは、加齢による心理的変化の一つであり、老化による体の機能の低下や喪失などに対処するための、体のシステムだという。つまり、人としてつらい状況になってもポジティブな気持ちで生きていけるように、心の状態をコントロールしてくれる働きが人間の体には備わっていると考えられているのだ。そのメカニズムについてはさまざまな説があるが、スウェーデンの社会老年学者、ラルス・トルンスタム教授が唱えた「老年的超越」という概念に通じるものがある。