JR東日本の新幹線車内誌「トランヴェール」に、しばらく荻原浩は巻頭エッセイを書いていて、私は愛読者だった。こういう脱力系の文章が彼は本当に上手い。
今期直木賞受賞作『海の見える理髪店』は、思わずウルッとくるような6編を収めた短編集だ。デビューから19年。直木賞を出すのが遅すぎるとは思うけど、直木賞はこういう手練れの短編集を好む傾向があるからな。
表題作は〈ここに店を移して十五年になります。/なぜこんなところに、とみなさんおっしゃいますが、私は気に入っておりまして。一人で切りもりできて、お客さまをお待たせしない店が理想でしたのでね〉という理髪店主の語りからはじまる佳編。「僕」は有名な芸能人や文化人に愛される理髪店をわざわざ訪れたのだった。
髪をいじりつつ店主が語る半生は、まさに昭和の歴史と重なる。戦時中、はじめてバリカン刈りを任されたお客はいつもオールバックにしている履物屋の若旦那だった。〈軍隊に行くために、髪を切りに来たんです。憲兵に殴られてもポマードをやめなかった人が、いきなり丸刈りですからね〉
戦後、お客が戻ってきたのは昭和30年代だった。〈あの頃は、町を歩けば、右を見ても左を見ても慎太郎刈り、でしたから〉。かと思うと〈ビートルズは好きにはなれませんね。古い床屋はみんなそうじゃありませんか〉〈あの連中が日本に来てからです。床屋という仕事が左前になったのは〉。
こんな平和な髪型談議の後、しかし喉に剃刀を当てながら、店主は語り出すのだ。戦時中と刑務所を思いだすから丸刈りは嫌い。〈出所した時には、もう床屋は辞めるつもりだったんです。自分のような人間が人さまの前で刃物なんぞ握っちゃあいけない。そう考えまして〉。おいおい!?
他5編も、時間の経過の中で感じさせる「人生の機微」ってやつが身に染みる作品。〈きっと私はなんでも鏡越しに見ていたんだと思います。真正面から向き合うとつらいから〉。理髪店主でなければ吐けない一言。上手い!
※週刊朝日 2016年8月19日号