和歌山地裁の法廷

検察側主張を「殺害が強く推認されるものではない」

 判決では、須藤被告がサプリメントなどとして、カプセルに覚せい剤を詰めて飲ませる、ビールのお酌をするなどの方法で、
「被告人が現実に野崎さんに覚せい剤を摂取させることは一応可能」
 と認定したが、他の状況証拠の多くが決定的な証拠とはみなされなかった。

 まず、動機については、「億単位の遺産を相続することができる」「(野崎さんの)希望に合わせて生活する必要もなくなる」という点は「動機となりえる事情」としながらも、
「そのこと自体から直ちに、被告人が殺害したことが強く推認されるものではない」
 とした。

 須藤被告のヘルスケアのアプリの記録についても、「普段とは異なる行動をとっていたことを疑わせる」としながらも、
「(野崎さんに)覚せい剤を摂取させたと直ちに推認できることにもならない」
 と不十分とした。

 そして、須藤被告以外の「第三者による殺人の可能性」や「自殺」の可能性は否定しつつ、野崎さん自身が覚せい剤を入手して使用する際、過去に覚せい剤を使ったことがないために、
「消去法で検討しても、(野崎さんが)誤って致死量を摂取して死亡した可能性については、これがないとは言い切れない」
 と、「事件性」を疑問視し、無罪と結論づけた。

 判決を聞いた須藤被告は弁護士に頭を下げ、おじぎをしながらも、手錠をされて法廷を後にした。9月に別件の詐欺事件で実刑判決が確定しているためだ。

 元東京地検検事の落合洋司弁護士は、こう話す。

「須藤被告の周辺から覚せい剤やそれらしきものも発見されていない。ヘルスケアの記録は『怪しい』までは認定できても、直接証拠ではない。判決にもあるように、消去法で立証したが、須藤被告が犯人と断言できる証拠を積み上げることができなかったということでしょう。検察は当然、控訴する気がするが、裁判員裁判で無罪とされると判断を覆すのは厳しいのが一般的だ」

「間違えて覚せい剤を飲んだというのも“推認”では」

 判決公判の終了後、冒頭の野崎さんの親族に話を聞いた。

「判決について詳しい報道を見ていると、須藤被告がやった可能性はあるが、絶対というほどの証拠はないとしたのでしょう。密室の事件なので警察、検察の立証が裁判員裁判で認定されるほどまでできなかった、それを裁判員が市民の目で判断されたのだと思います。有罪なのかと判決前は思っていたが、そう下されたのですから、仕方ない。ただ、野崎さんが間違えて覚せい剤をたくさん飲んだ可能性というのも、裁判員裁判の“推認”という気がした。死んだことはもうどうしようもない。判決でその死に納得したいと思っていたが、まだもやもやが残る感じだ」

(AERA dot.編集部・今西憲之)

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