ビデオ通話で国会前の状況を伝える若者(筆者撮影)

 その場には会議参加者の日本人4人でいたが、誰も韓国語が分からない。政府の状況も、集まっている人たちが何を叫んでいるかも分からない。人々は平和裏にデモをしているが、軍投入の可能性があり緊張は漂う。軍は右からくるのか左からくるのか。頭上を軍のヘリコプターが2台、また3台、と国会目指して飛んでくる。

 危険なことはできない。言葉が分からないので逃げ遅れるかもしれないし、外国人であるだけで逮捕されるかもしれない。とにかく情報を集めねば、と、携帯で韓国の英字紙を追い、韓国人の友人に情報を求め、時差で真夜中ではないワシントン支局や北京支局のメディアの記者の友人たちに、「情報があったら何でもいいから教えて!」と頼んだ。

 戒厳司令部が設置され、司令官には陸軍参謀総長が任命されたらしい。

 戒厳令に続けて布告令が出たらしい。

 国会や政党の活動、集会やデモなどの政治活動が禁止されたらしい。

 メディア統制が始まるらしい……。

断片的な情報が飛び交う。

 その時、私たちの日本語を聞き、「日本人ですか?」と話しかけてくれる人が出てきた。25歳だという男性が通訳と解説役を買って出てくれ、私たちが最後に現場を離れるまでの何時間もの間、何を皆が叫んでいるのか、韓国メディアが何を伝えているのか、時々刻々と教えてくれた。

通訳と解説役を担ってくれた若者たちと筆者

外の闘い 国会議員が国会に入れるか 解除決議をめぐる攻防

 大統領が出した戒厳令は在籍の国会議員の過半数の決議で解除を要求できる(韓国憲法77条)。そのため、攻防は国会議員が国会に集まってその議決をできるかどうかにかかっていた。

 大統領側は、国会議員が国会に入れないよう軍や警察を国会に送る。

 国会の外では、戒厳令下で集会も政治活動も禁止され、令状のない逮捕も可能になっているにもかかわらず、人々が体を張って軍や警察が国会に入らないよう阻止していた。

 群衆がみるみる膨らむ中、一台の車が私の目の前に侵入してきた。

 そのとたん、さっと20人ほどの人々が口々に何かを叫びながらその車を取り囲む。幾重にも囲まれた車は動けなくなり、中の人は車から降りることもできなくなった。聞けば、特殊な長いアンテナを付けているその灰色の車には軍人が乗っているとのことだった。

次のページ ただただ静かに警察車両の前から動かなかった