冤罪は過去幾度となく悲劇を生んできたが、なぜなくならないのか。戦時中に発生した少年犯罪の浜松事件、戦後の動乱期の二俣事件という連続性のある二つの事件を題材に冤罪のメカニズムを解き明かす。
 冤罪の背景には杜撰な捜査や司法が浮かび上がるが、著者の視座には単一の事件にとどまらない奥行きがある。政治哲学や進化論を援用しながら人間の共感や道徳感情に冤罪の解を求める。それらは犯罪行為への抑止になる一方、一歩間違えば加害者への憎悪になり、冤罪が生まれるとの指摘は新鮮だ。
 事件そのものの考証も面白い。巧みなでっちあげで戦中戦後に名刑事の名をほしいままにした男の転落や、警察の不正を告発した元刑事への周囲の仕打ち。人間の思い込みに抗う難しさを、あぶり出している。

週刊朝日 2016年7月1日号