道具はデザインナイフだけ。切り絵のイメージが決まったら下書きする。切るのに6~8時間かかることが多い。作品は公園でスマホを使って撮影。作品を持った時、空が正面にある場所を選んで撮影する。映りこむ雲の形、光の具合がよくなるまで待つことも(写真/小黒冴夏)

仕事がうまくこなせず 毎晩ゲームセンター通い

 その見立ては正しかった。展覧会の4カ月後に出版された初の著作『いつでも君のそばにいる』は13万部を売り上げ、最新刊『葉っぱ切り絵いきものずかん』など続編を含めると累計30万部。リトの書籍をデビューからずっと手がける講談社エディトリアルの編集者、下井香織(52)はリト・ファンのコアゾーンは40~60代の女性だという。

「彼の作品は、心のひだにすっと入って、見る人の思い出の鍵をそっと開けるんですね。だから涙が流れてきたり、人とシェアしたくなる。コアゾーンの人たちには思い出がたくさんあるからじゃないかなと思います」

 各メディアの露出は出版以降さらに増え、展覧会も各地で開かれた。そして今年は、彼の作品だけを常設展示する個人美術館が福島県にできた。わずか4年ほどの出来事であることに驚かされる。

 なぜこれほどリトの作品は人をひき付けてやまないのか。彼自身、最初はなぜ自分の作品をみて泣くのか見当がつかなかったという。無意識に作品に投影される彼の中にある何か。それは彼がブレークする前に経験した苦難と関係している。

 1986年生まれのリトは、幼い頃から図鑑が大好きだった。母親の橋本幸恵(66)によれば、3~4歳の頃、まず魚の図鑑にハマったという。

「すごい集中力で名前を全部覚えて、まだ言葉もちゃんと喋(しゃべ)れないのに名前だけは言っていましたね。魚の次は妖怪、清掃車などの働く車、怪獣……と興味の対象は変わっていくのですが、どれも名前、特徴を全部覚えて説明してくれました。そういえば図鑑の余白を埋めるように、まるで模様のように魚とかの絵を小さく描いていましたね」

 学校に通い始めるとゲーム一色に。学校では友だちとゲームの話、学校が終わるとゲームをするため友だちの家に行ったり自分の家に呼んだり。絵を描くのは好きだったが、中学の同級生が描く絵を見て自分の絵の幼稚さを自覚し、絵を描かなくなった。ただ細かいものを描くのは得意で、超絶難しい迷路を描いて、友だちが困るのを見るのが好きだった。忘れ物が多かったりはしたが、友だちにも恵まれ、学校生活で大きな問題はなかった。

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