さらに、設備や環境の素晴らしさだけでなく、「人が近い」ことが、南アの宿を印象深いものにしている。平身低頭かしずかれるようなことはなく、無愛想にあごであしらわれることもない。従業員のひとりひとりに、あっけらかんとした陽気さがある。そんな南アの宿の良さを、今回も改めて感じた。
ムクゼのホテル従業員は、気さくな方ばかりだった。早朝、芝生のメンテナンスをしていた初老の男性は、私に気付くと仕事の手を止め、「ようこそ、ようこそ」と言って目を細めた。屈強な体格のフロントの男性は、私のもとに歩み寄って「あんた、昨日はよく寝られたかい?」と声をかけ、よく眠れたと答えると満足そうにうなずきながら、持ち場に戻っていった。ここに働く誰もが、ごく自然に、いつもこちら側を向いてくれていた。
インド洋に面したダーバンの高級ホテルでは、最年長のポーターさんとあいさつを交わす仲となった。このホテルを去る際、私の荷物を運び終えた彼は、「今度ダーバンに来たときは、家に来るといい」と言い残し、チップも受け取らずにどこかへ行ってしまった。社交辞令でこのような言葉をかけられることはない。彼は本心から、私を招いてくれていたのだ。
ドラケンスバーグのホテルでは、夜にバーで独り飲んでいると、隣の席に座る男性から声かけられた。
「で、どうです? ドラケンスバーグは」
ここでの滞在の感想をひとしきり話終えると、「次は子どもたちも連れてこないとね」と言われた。なぜ私に子どもがいることを知っているのかと聞くと、家族連れで滞在する際の費用や施設について、昼間に私が質問をしたからだと彼は言う。
彼は、このホテルで働く従業員だった。私たちがここに到着した際、ホテルの設備紹介がなされたときに、私は彼にそんな質問していたのだった。私は彼の顔を忘れてしまっていたが、彼は私の顔も、私の質問もしっかりと覚えてくれていた。
その夜彼とは、南ア各地の地域性や魅力、アフリカ各地でのできごと、お互いの家族のこと、互いの奥さんとの出会いなどを、しばし語りあった。酔いがまわった頃には、私たちは客と従業員の関係ではなく、「友」となっていた。
宿の魅力はやはり、人の心があってこそ。美しい景観と整然とした設備に加え、アフリカならではの人懐っこさがいつも共存していることが、南アの宿を特徴づけていると私は思う。
アフリカは初めてという方でも、南アの宿は過ごしやすいかと。新婚旅行にも、かなりオススメだ。
岩崎有一(いわさき・ゆういち)
1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。ニュースサイトdot.(ドット)にて「築地市場の目利きたち」を連載中